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五輪新競技にも選ばれた「スケボー」 米国生まれのカスタムバイク「チョッパー」との共通点とは

米国のカリフォルニアで生まれた「スケボー」と、カスタムバイクのひとつのスタイルである「チョッパー」の歴史には、年代による流行り廃りの波に共通点があります。

「スケボー」と「チョッパー」、その二つのカルチャーに見る共通点

 米国のカリフォルニアで生まれ、若者を中心に広がった乗り物のカルチャー。ハーレー・ダビッドソンを中心にしたカスタム・スタイルであるチョッパーとスケートボードには、奇しくもそんな共通点があります。

ステイシー・ペラルタなどが在籍していた伝説のスケートボードチーム、“BONES BRIGADE”のメンバー“スティーブ・キャバレロ”。写真の一台は愛車のトライアンフ・カスタム。

 この二つのカウンターカルチャーはスタートとした時期も、ほぼ同時といってもいいもので、どちらも1960年代に盛り上がりはじめ現在に至るのですが、偶然にもその流れは驚くほど似通ったものとなっているようです。

 ここでは、そのスケートボードに関する歴史的な流れを、アメリカンCAR&カスタムカルチャーを題材にしたフリーペーパー “バーンナウト・マガジン”の発行人にして、1989年にスニーカーメーカー“VANS”初のシグネチャー・モデルがリリースされたプロスケーター “スティーブ・キャバレロ”のプロモーションをサポートする“スティーブ・キャバレロ・インターナショナル”代表、さらに横浜市中区でアメリカン・カスタム・カルチャーにまつわるグッズやウエア、スケートボードを扱うショップ“THE KALIFORNIA(ザ・カリフォルニア)”を営むTHE NASH(ザ・ナッシュ)氏に話をうかがってみました。

「スケートボードが“スケートボード”として認識されたのは1960年代です。それ以前はスケートボーディングという名称はなく“サイドウォーク・サーフィン”と呼ばれるものでした。いわゆるサーファーの“陸トレ”用の遊具ですね。

 1960年代の後半から1970年代の前半のシーンを描いた映画“Lords of Dogtown”があったじゃないですか?(2005年公開) ドッグタウンの“Z-BOYS”( ステイシー・ペラルタ/トニー・アルバ/ジェイ・アダムスなどによる伝説的なスケートボードチーム)の実話を基にした。あの頃からスケートボーディングに進化していったといえるでしょうね。
 
 その時代にスケートボード雑誌の“ワールドトランス・スケートボーディング”が発行され、カリフォルニアから内陸の方に広がっていったといえます。そんな時代が第一次スケートボード・ムーヴメントですね。

1999年からBURNOUT MAGAZINEを発行するTHE NASH氏。様々な形でアメリカン・カスタムカルチャーを伝導する。

 その後に、いわゆる(スティーブ)キャバレロ世代と呼ばれる第二次スケートボート・ムーヴメントが来るんですけど、ステイシー・ペラルタとジョージ・パウエルがキャブ(キャバレロ)のオリジナルデッキ(スケートボード)をリリースした“パウエル・ペラルタ”というメーカーを設立して、当時のKIDSたちを集めた“ボーンズ・ブリゲイト”という専属のスケートボードチームを立ち上げます。そこに所属していたのが“スティーブ・キャバレロ”や“トニー・ホーク”、“ランス・マウンテン”です。
 
 その当時に、スケートボーディングのシーンをドキュメンタリー的に収めたビデオをステイシー・ペラルタが制作したんですね。それが世界的に人気を博して日本にも紹介されてスケートボードがブームになったんです。
 
 それが1980年代前半で、当時のキャバレロはまだ14歳でした。その後、1980年代後半に入るとスケートパークから始まったムーヴメントが様々な“裁判沙汰”に巻き込まれていき、スケートボードが“終わった”と言われる時代が来るんです。
 
 スケートパークで子供たちが大怪我をするとモンスターペアレンツたちがスケートパークを訴えるようになって、賠償金でスケートパークが破産に追い込まれるという現象が起こっていったんです。あとは単純な“時代遅れ”という認識が広がっていったといえます」。

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