「日本のライダーたちの希望になりたかった」小さなバイク屋さんが市販レーサーホンダ「NSF250R」で世界に挑戦した理由

2019年10月18から20日の3日間、栃木県にあるツインリンクもてぎで開催されたMotoGP日本グランプリ。そのmoto3クラスには、1台のホンダNSF250Rがワイルドカードで参戦していました。ほぼすべてのライダーがホンダNSF250RWかKTM RC250GPというワークスマシンで争うmoto3クラスに、明らかに不利なNSF250Rで挑む理由はいったいどこにあったのでしょうか。

全日本から世界に挑戦するライダーたちの『希望』になりたかった

 ロードレースの世界選手権であるMotoGPには、各グランプリごとにスポット参戦となるワイルドカードという制度が設けられています。それはもちろん日本グランプリも同様で、2019年はmoto3クラスに2人の日本人ライダーが参戦しました。

MotoGP日本グランプ moto3クラスにワイルドカード参戦した市販レーサー「ホンダ NSF250R」

 2人のマシンは、2018年型のNSF250RWとNSF250R。NSF250RWの方は1年型落ちではあるものの、れっきとしたワークスマシンのため、市販レーサーであるNSF250Rとの性能差は歴然です。

 では、無駄とも感じられるほどの大きな性能差を背負ってまで、NSF250RでMotoGPという世界の舞台にワイルドカード参戦する理由はどこにあったのでしょうか。

市販レーサー「ホンダ NSF250R」でMotoGP日本グランプ moto3クラスに参戦した長谷川 聖選手が所属する「Team Anija Club Y’s」のチームオーナー兼監督を務める山田氏

 市販レーサー「ホンダ NSF250R」でMotoGP日本グランプリmoto3クラスに参戦した長谷川 聖選手が所属する「Team Anija Club Y’s」のチームオーナー兼監督を務める山田氏は、次のように話します。

「だいたい6月ぐらい、全日本のスケジュールで言うと第4戦の筑波ラウンドぐらいから、ワイルドカードにエントリーするのかという話がチラホラ出てきていたのですが、お金もかかるし無理だろうな~とあまり意識はしていませんでした。

 ただ、その時点で聖のランキングは2位だったので、細かい条件をMFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)に問い合わせていたのですが、実際にそういった内容を管理しているのはドルナやFIMのため、返答が上手く返ってこなかったため、申請にお金がかからないなら、とりあえず出してみようか。というのが始まりでした」。

ワイルドカード参戦のための申請条件とは?

 日本からMotoGP日本グランプリへワイルドカード参戦をするための申請条件は、参戦費用、マシンおよびFIM規格に適合したエアバッグ機能を内蔵したレーシングスーツを準備することのできるチーム、選手を対象とする公募制で、まずはワイルドカードの希望申請を出し、希望者の参戦の可否は FIM(国際モーターサイクリズム連盟)グランプリ委員会によって決定されます。

 そのため、全日本ロードレースでのランキングが上位でも、マシンや資金がなければ申請はできません。しかし、その条件についての不明点を問い合わせても、明確な返答は得られなかったというのです。

 さらに、申請が通ったかどうかの結果が発表されるのは、9月の上旬で、その後のエントリーの申し込みはFIMが発行した正式なエントリー用紙を使用して、遅くともその大会が行われる45日前までに提出しなければならないので、ワイルドカードで参戦する権利が確定してからエントリーが締め切られるまでに悩める時間はほとんどありません。

 しかも、全日本ロードレースのJ-GP3クラスでシリーズチャンピオンを目指す長谷川選手の場合では、重要な1戦となる『第7戦オートポリスラウンド』が日本グランプリ2週間前の10月5・6日に行われたため、状況的にも手一杯でした。

「ワイルドカードの権利が確定してから、いろいろバタバタと準備をしたけど、誰でも購入できる訳ではないNSF250RWをレンタルすることは資金的にも状況的にも難しく、レンタルできるMoto3仕様エンジンは使い古されて、いつブローするか分からない状態のもののみ。

 そんな絶望的な状況の中、全日本仕様のJ-GP3マシンでもレギュレーションで義務付けられているデロルト製ECUを組み込めば参戦可能という話が浮上したことで聖と相談し、期限も迫っていたのでエントリーすることを決めました」(山田氏)

参戦するためのマシンはどうやって用意する?

 moto3クラスにワイルドカード参戦するためのマシンを用意する方法は、『MotoGPにレギュラー参戦をしているチームを母体とするジュニアチームからNSF250RWをレンタルする』、『NSF250R用エンジンをベースにGEOテクノロジー製Moto3用キットパーツを組み込んだエンジンをレンタルして全日本仕様のNSF250Rに搭載する』、『全日本仕様のNSF250Rにデロルト製ECUを装着する』の3択。このいずれかの条件を満たすマシンを、自分の力で用意しなければなりません。

 「結果も、そんなにいいポジションを走れるとは思っていませんでしたが、聖が日本グランプリを走ることで今の全日本と世界の差であるとか、日本でレースをしているみんなの夢などに繋がるようなことがあれば、自分のチームとして出る意義はあるのかな? と。

 その反面、もし結果がダメだったら、今季のJ-GP3チャンピオンである聖が走ってもダメなんだ……ということにもなってしまうので迷いましたが、協力してもらえるメンバーを集めることもできたので、出てみることに決めました。

 ただ、全日本のオートポリスもあったりと、実際に準備ができる期間がほぼ10日間ぐらいしかない状態だったので、満足にレースができるかどうか不安なところはもちろんありました。

 でも、初日、2日目と走っている間になにかしら進んで、いろいろと見えてくることもあるのかな? という想いでここに来たのですが、今まで予選が走れないレースを経験したことがなかったので、FP3までに規定タイムがクリアできていないと予選を走れないという、MotoGPのレギュレーションに気付かなくて、その結果レースに出るどころか予選すら走れませんでした」。(山田氏)

市販レーサー「ホンダ NSF250R」でMotoGP日本グランプにワイルドカード参戦した長谷川聖選手

 今季のMotoGPのレギュレーションでは、予選に参加する為にライダーは3回のフリープラクティス(FP1、FP2、FP3)の同一セッション内で、最も速いライダーが記録したタイムの最低107%に相当するタイムを得なければなりません。

 しかし、ワイルドカードで参戦する長谷川選手がmoto3クラス共通のデロルト製ECUを受け取れるのは、レースウイークに入ってからでした。

 FP1・FP2と、徐々に良くはなっていたものの、マシンとECUの合わせこみに苦戦し、FP3ではウィーク初のレインコンディションにより、初めて履いたダンロップ製のレインタイヤと普段全日本で履いているブリヂストン製レインタイヤとの違いに対応できず4周目に転倒。

 短時間で出来得る限りのセッティングを変更し、再度コースに復帰するもマシンから上がった水蒸気による白煙がオイルによるものと判断され、ポストからオレンジボール旗が提示されたことにより停車。規定タイムをクリアできなかったことにより、予選・決勝を走ることはできませんでした。

「戦えずして終わってしまったのはとても残念ですが、結局、準備不足が全てそういう結果につながってしまったのかな? と思います。

 ただ、今年参戦したことで分かったこともたくさんあったので、もし、来年ワイルドカードで参戦したいと思う人がいたなら、是非この経験を参考にしてもらえたらいいなとは思います」(山田氏)

※ ※ ※

 全日本でランキング上位のライダーのみが手にすることができる、MotoGPへのワイルドカード参戦権ですが、手にできるのはワイルドカードで出られるという権利のみ。参戦権を得たところで、その他一切のサポートは無く、資金から参戦するためのマシンや装備まで、全て自分たちの力だけでなんとかしなくてはなりません。

 しかし、世界に挑戦できる権利を得られたのなら、ライダーやメカニックとして挑戦してみたいと思うのは自然な気持ちではないでしょうか。

 圧倒的に不利だとしても、不可能だとしても、『可能』であるなら挑戦したい。明らかに性能の劣る市販レーサー、NSF250Rで世界に挑戦した理由の裏には、全日本ロードレースに参戦し続ける小さなバイク屋さんのレースに対する熱い想いがあったのです。

市販レーサー『ホンダ NSF250R』で世界に挑戦した「Team Anija Club Y's」の戦いを写真で見る (18枚)

画像ギャラリー

最新記事