ホンダのアドベンチャーバイク「アフリカツイン」とは? その軌跡を辿る

ホンダのアドベンチャーモデル「アフリカツイン」のルーツは、世界一過酷なラリーレイド「パリ-ダカールラリー」への参戦と、冒険の世界へのオマージュにあります。

冒険ラリーが、とても新鮮で眩しく映った時代

 ホンダ「Africa Twin(アフリカツイン)」が世に出たのは1988年のことです。当時、ホンダはヨーロッパで人気の高かった冒険ラリー「パリ-ダカールラリー」(以下、パリダカ)に参戦し、1986年から1989年まで、4年連続Moto(2輪)部門を制する大活躍をしていました。

ロスマンズカラーの「NXR750」でパリダカに参戦するシリル・ヌヴ―(1986年)

 そのラリーは、フランスのパリから地中海を渡りアフリカ大陸へ、そして大陸北部を占める広大なサハラ砂漠を舞台にいくつもの国をまたぎ、連日300kmから1000kmを走破しながら3週間をかけ、1万数千キロ先のゴールを目指す冒険モータースポーツで、地上を走るものであればエントリーが可能、参加資格もプロばかりか、アマチュアにも門戸を開くことで、市民マラソンのような盛り上がりと話題性を提供したのです。

 ある人にとってはレース、ある人にとっては冒険旅行というラリーのエッセンス、リエゾンと呼ばれる移動区間と、スペシャルステージと呼ばれる競技区間、舗装路も道無き道も走るラリーのイメージは、当然ストリートバイクにも新しい潮流を生み出します。

 まさにアドベンチャーバイクの原点がそこにありました。アフリカツインは、そのダカールラリーイメージをそのまま、ワークスマシンのような出で立ちにパッケージした魅力的なモデルとしてデビューしたのです。

“大型ツーリングバイク”として登場した初代「ホンダアフリカツイン」(1988年)

 搭載された排気量647ccのエンジンは、SOHC3バルブヘッドを持つ、シリンダー挟み角52度の狭角Vツインで、クランクシャフトは90度Vツインと同等の爆発間隔を持たせるために、位相クランクを採用することでエンジンをコンパクト化しながら理想的なトラクション特性を与えるものでした。

 デュアルヘッドライト、フェアリング、容量24リットルの燃料タンク、肉厚のシート、大型のラゲッジキャリアなど、それらを装備した容姿はラリーマシンを思わせるものです。

 ロングツーリングと、舗装路も未舗装路も視野に入れたハンドリング特性は多くのライダーを魅了します。

 1989年、1990年には、アフリカツインがパリダカで市販車無改造部門を制するなど、その性能が見た目だけではないことを証明して見せます。以来アフリカツインは、オフロードで性能面でも強いプレゼンスを発揮するブランドとして認知されたのです。

「ホンダアフリカツイン」(1990年)

 その後、1990年にエンジン排気量を750ccに拡大します。フロントブレーキにダブルディスクの採用や、スキッドプレート(エンジン下部のプロテクションパーツ)の大型化など進化させ、ファクトリーマシンのスタイルに一歩近づきます。その後期型ではデジタルトリップメーターの採用など、まるでラリーマシンに寄せた装備も与えられます。

 そして1994年には、3代目にモデルチェンジします。エンジンの真上にエアクリーナーボックスを設けるなど、ワークスマシン同様の車体レイアウトを採用することで、乗りやすさをさらに向上させます。

「ホンダアフリカツイン」(2000年)

 そしてマイナーチェンジを重ねながら2000年まで生産され、ファンには惜しまれつつその歴史にピリオドを打ちます。

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