ヘルメット無しでのライディングを本気で目指したBMWのシティーコミューター「C1」
屋根の部分も高剛性! BMWが本気で作ったシティーコミューター「C1」は、車体に縛りつけられ転倒時外へ投げ出されない?
車体上部の重さは安全性向上のため!
こんな不思議なバイクを見るのは初めてかもしれません。一見するかぎり、ごく一般的なキャノピー付きのバイクです。いわゆるピザ配達用の出前用バイクに見えなくもありません。外観を軽く見まわした程度では、特に珍しくはないように思われます。

ですが、その根底に流れる開発コンセプトは、バイクのそれではまったくありません。「ヘルメットの必要ないバイク」として開発されたというのだから腰が抜けそうになります。
ヘルメットを被らずに安全を確保するためにまず、前方をフロントガラスで覆いました。風から逃れる必要もありますし、石跳ねから身を守るためには、ガラスのバリアが必要ですからね。
そして重要なのは、ヘルメットを被らないバイクなのですから、転倒時に頭部を守ることです。そのために、シートベルトを括り付けました。頭の真横には、頭部を守るネットがあります。転倒した際には、それで頭を路面に打ちつけるのを防ぐのでしょう。

バイクの転倒は、左右どちらにも可能性があります。ですので、シートベルトは左右から延びており、中央でクロスします。ですので、写真のように乳児を背負うお母さんのような姿になってしまいます。
ちなみに、シートベルトを襷掛けしないと発進できないように、バックルにスターターと連動したセンサーが組み込まれています。ドイツ人というのは、厳格なのですね。
転倒時の怪我から身を守るには、衝突の衝撃を吸収する必要があります。C1のキャノピーは、ピザ屋の出前用のそれのように簡易的なものではなく、太いパイプがフレームに直結されています。雨露を防ぐだけではなく、衝撃吸収性も優れているのです。冬場に冷たい風から逃れるためでもなく、ロールケージのような保護性能が期待されているのです。
いやはやそんなですから、かなりの重量級になってしまいました。特に上家が重いたのです。重心点が高くて、乗り込もうとすると、今にも倒れてしまいそうになり、試乗を前に、数人で支えてもらいなから乗り込んだほどです。立ちゴケの不安が強いのです。

実際に、C1にはサイドスタンドがありません。だって、一般的なバイクのようにナナメにしたら倒れてしまうからです。
ですので、バイクを固定するには特殊な作業をしなければなりません。まず、ハンドルバーの手前に組み込まれた一つのレバーを引いて、センタースタンドを上げます。それで立ちゴケする不安感は解放されます。そのあとに、もう一つの別のレバーを引くことによって、前輪を持ちあげ、浮かせた状態にします。それではじめて駐車となるのです。
そう、「ヘルメットの必要ないバイク」を成立させるためには、複雑な儀式が必要なのです。
ただし、皮肉なものです。欧州ではC1をノーヘルで乗ることはできますが、日本では一律にバイクとみなされ、ヘルメットの装着が義務付けられます。ですので、それほどまでして開発しておきながら、日本ではC1の魅力が封印されてしまいました。当初輸入されたC1の輸入がされなくなり、今では幻になったのはそれが理由です。
それでもこのC1には価値があります。BMWの技術集団の熱い思いの具体であるからです。

「ヘルメットの必要ないオートバイ」ではなく、「ヘルメットの必要ないバイクを作ろうとした精神」がC1の魅力なのです。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。