イセッタのキュートなスタイリングは、街行く人々を穏やかな気持ちにしてくれる
デビューから66年経過したイセッタは、キュートなスタイリングで街行く人々の足を止めさせます。誰もが心穏やかにさせるクルマは、世の中多くはありません。
街中をキビキビ走るイセッタは、前から乗り込む変わり種
BMWイセッタ300をご覧になり、どんな感想を抱いたでしょうか。その特異なスタイルはキュートです。思わず抱き締めたくなりますよね。

イセッタがデビューしたのは1953年。今から66年も前のことになります。イタリアのイソ社が開発しました。その後、BMWがライセンス契約をしたことから大量生産がはじまり、最終的には16万台が工場から出荷されたと言われています。
この車の最大の特長は……。
たくさんありすぎて選ぶことができませんが、まず驚かされるのは、クルマへの乗り込みは、フロントのドアをパカっと開けることでしょうか。前からのりこむのです。

ハンドルも、アクセルやブレーキのペダルもフロントにあります。なのに、横にはドアがありません。ハンドルから車輪に連結するシャフトが複雑に折れ曲がりながら開くドアには、不思議なカラクリを見ているようで楽しいものでした。
わざわざ複雑な細工をしてまで前から乗り込むことにした理由は分かりません、ですが、イソ社はもともと冷蔵庫など家電産業にも実績があります。それと無関係ではなさそうですね。真意のほどはたしかではありませんが、そんな想像をさせるところにも愛嬌がありますね。
今回試乗させていただいたのは、BMW専門ショップとして有名な「スタディ」所有の「イセッタ300」でした。ほとんど新車のように丁寧にレストアされており、美しいばかりではなく、機関も極上でした。

イセッタのボディサイズは、本当に驚くほど小さいですね。全長は2285mm。全幅は1380mmです。軽自動車の3分の2ほどのサイズです。ちょっと前になりますが、積載用のトランスポーターではなく、ミニバンの荷室で運んでいる光景を目にしたことがあります。それほど小さいのです。
空冷単気筒298ccの4ストロークエンジンはリアに積まれます。Hパターンの4速ミッションです。リバースギアも備わっていました。
そうそう、イセッタ300のもう一つの特徴は、3輪であることです。フロントは2輪ですが、リアは1輪。駆動力もその1輪に伝達されます。
とにかく走りはキュートです。もちろん速いわけではありません。試乗時にはちょっと頑張って65km/hまで飛ばしてみましたが、とても高速道路を走る気にはなれませんでした。それでも、走りは軽快です。それもそのはず、ホイールベースは短く、後輪は1輪です。キビキビと走る姿が印象的でした。

それにしても驚いたのは、そんなペースでテケテケと遊園地の乗り物で戯れているかのような走りでしたが、1台の乗用車にも抜かれることがなかったのです。どこかから「がんばれガンバレ」って手を叩いているかのように錯覚したほどです。
クラクションで威嚇されることもありませんでした。目の離れた蛙のような、その蛙が地べたで這いつくばっているような、そんなちょっと間の抜けた顔つきとスタイルが、誰もの気持ちを穏やかにしてくれていたのです。
交差点で、歩行者が横断歩道を渡り終えるのを待っていると、むしろお先にどうぞと促されることもありました。小さなイセッタは、歩行者からも譲られる存在なのです。もちろん歩行者の方々の表情はみな笑顔でした。

人の気持ちを穏やかにし、街を笑顔で溢れさせることのできるのがイセッタなのです。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。