ハーレーに乗りたくて大型二輪免許に挑戦した女性、それを支える教官 ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.64~

レーシングドライバーの木下隆之さんは、女性の友人が大型二輪免許取得へ挑戦し、それにまつわる話が素晴らしいと言います。どういうことなのでしょうか?

教官が鬼だった時代は、もう遠い昔の記憶

 僕(筆者:木下隆之)の友人で、アクティブな女性がいる。かつては大学病院で看護師を務めていたという献身的な性格であり、いまは飲食店の統括を任されている才女である。物腰が柔らかく、声を荒げることはない。客の求めに親切に対応する。サービス業にふさわしい理想的な女性なのだ。いつもは寡黙である。

2020年シーズンのスーパーGTでは、スポーティング・ディレクターとして『BMW Team Studie』に帯同する筆者(木下隆之)

 そんな彼女が、大型二輪の免許を取得した。普段はアクティブな趣味を持たず、早朝から深夜まで店の切り盛りをする店長なのだが、時折違う顔を見せるのだ。

「ハーレーに乗りたかったから」

 理由は明快である。ただ単純にハーレーに乗ってみたかった。大型二輪免許取得の理由をそう語る。

 とはいうものの、女性が大型二輪免許を取得することは珍しくはない。最近では、女性のナナハンライダーも増えているという。それでも僕が驚いたのは、彼女は普通免許、それもオートマチック車限定(AT限定)しか資格がなかったことだ。

 普段は大人しいコンパクトカーで通勤する。もちろんオートマチックだ。だというのに、難関の大型二輪免許取得に挑んだというから、日常の彼女から想像できないそのバイタリティには頭がさがる。もちろんAT限定ではない。

「最初はクラッチの意味がわかりませんでした」

 普通免許(AT限定)では、クラッチ操作を学ばない。自動車免許取得で最大の壁のひとつとも言える坂道発進も、AT限定の講習ならば簡単だろう。だが、その難しい操作を学ばずに大型二輪に挑戦するのは無謀に思える。立ちゴケすることのないクルマでさえクラッチ操作は難しいのに、バランスをとらねばならないバイクならは尚更だ。

「ハーレーに乗りたかったから」と語る彼女を動かしたハーレー・ダビッドソンの魅力とは……?(写真はハーレー・ダビッドソン「CVOストリートグライド」)

 幼い子供が自転車に挑戦するとき、最近ではペダルをはずした自転車で坂を下ることから始めるという。自分の足でこぎながらバランスを取ることが難しいからだ。それと同じように、クラッチ操作をしながら発進することはとても困難なのだ。誰もが想像できることだ。だがそこに挑んだ。

「最初は教官が、バイクを抑えながら走ってくれました」

 父親が子供の自転車体験をするように、教習車に装着されたバーを掴んだまま追ってくれたというのだ。なんとも心温まる光景である。かつての鬼教官時代では想像できない優しさである。

 AT限定の普通免許しか所持していない女性が大型二輪に挑戦するのも素晴らしいが、その女性の夢のために、優しく手を貸す教官も素晴らしい。そんなシーンのひとつひとつが積み重なって、バイクの世界は支えられているのかもしれない……。

【了】

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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