アメリカを代表するハーレー用パフォーマンス・パーツメーカー 「S&Sサイクル」の歴史を振り返る【パート1】

アメリカを代表するハーレー用パフォーマンス・パーツメーカー 「S&Sサイクル」はこれまでに数々の製品を送り出し、ハーレー・カスタムやレースの世界を支えてきました。ここでは改めて同社の歴史を振り返ってみましょう。

ハーレー・カスタムの可能性を広げた「S&Sサイクル」

 ハンドルやシート、マフラーなどの定番的なカスタムパーツはもとより、フレームやエンジンに至るまで、その気になれば一台のバイクをゼロから組み上げることが可能なほどに豊富な“社外パーツ”が存在するハーレー・ダビッドソンというバイクですが、その中で忘れてはならないメーカーの一つが、“S&Sサイクル”です。

会社を設立する以前である1952年。イリノイ州の自宅前でのスミス家のファミリーショット。ナックルヘッドを改造した“TRAMP”と名付けられた一台が数多くのレースで勝利を重ね、S&S設立につながっていったとのことです(写真提供:S&S Cycle)

 1958年、アメリカのイリノイ州でジョージ・スミスとスタンリー・スタンコスという人物によって創業されたこのメーカー(現在の本社はウィスコンシン州)は、エンジンの排気量をアップするパーツである“ストローカークランク”やハイパフォーマンスな“キャブレター”の生産と販売で知られていますが、カスタムの世界に目を向けても同社がリリースした“エンジン” は業界の構図を変えたといっても過言ではないでしょう。

 事実、90年代初頭にはS&S製エンジンを搭載したコンプリートマシンやS&S製エンジンを搭載したカスタムバイク、チョッパーが数多く生み出されたのですが、たとえば希少価値の高い純正の旧車をベースにせずとも様々なバリエーションのマシンが生み出されるようになった点はハーレー・カスタムの業界にとって大きな出来事だったはずです。
 
 ハーレーのカスタムといえばタンクやフェンダー、ペイントなど“スタイル”の変更が注目されがちですが、“S&S”のように“パフォーマンス”の向上を狙った“機能パーツ”をリリースするメーカーもバイクにとっては、欠かせない存在です。

「最も速い男たち」という評判がビジネスに発展

 S&Sというメーカーの歴史を克明にお伝えする為、私自身(筆者:渡辺まこと)、創業者であるジョージ・スミスの次男であり、1971年から2001年まで同社に勤務したケン・スミス氏にインタビューをしたことがあるのですが、その時に聞いた限りでも“S&S”が一貫して求めるのは、やはりハーレーダビッドソンに更なるパフォーマンスを与えるということ。それは同社が創業されて以来、変わらぬ姿勢です。

1958年に“S&S”を設立したジョージ・スミス(左)とスタンリー・スタンコス(右)。1950年代中期からシカゴのハーレーディーラーからの協力を得てレースに参戦してきた彼らですが、スタンリー・スタンコスはS&S社創立から1年後の1959年に同社の業務から離脱。メインビジネスである航空機関連の仕事に戻ったというのがその理由とのことです(写真提供:S&S Cycle)

 ハーレーのカスタム・シーンに“チョッパー”が登場する以前、当時のレーシングマシンから派生した“ボバー”について以前に当サイト(バイクのニュース)でも歴史をお伝えしたことがありますが、ジョージ・スミスとスタンリー・スタンコスという男たちが出会ったのも、そんな時代でした。

 彼らはプライベーター(プライベート・チーム)として自らがチューニングしたマシン(ハーレーのナックルヘッド)で様々なレースに出場し、地元イリノイ州のブルータウンで“最も速い男たち”として知られた存在だったそうですが、その評判を聞きつけた多くのライダーたちがチューニングを依頼したことで、それがビジネスに発展。
 
 彼らは最初にアルミ製プッシュロッド(OHV構造のハーレー・エンジン用のカムとバルブロッカーアームを繋ぐ棒状のパーツ)や翌年の1959年に登場した“ストローカークランク”の生産から“S&S”をスタートさせたとのことです。

 ちなみにこの社名は“スミス”と“スタンコス”、彼らの名字の頭文字からとったものなのですが、設立翌年にはスタンリー・スタンコスが同社から離脱。その理由は本業のエアクラフト(飛行機)用シートの張替えの仕事に専念するという理由だったそうです。

 それゆえにジョージ・スミスがそのまま“S&S”のビジネスを引き継ぐことになったのですが、スタンリーが抜けた後はジョージの妻であるマージョリー・スミスもビジネスに参画。“スミスとスミス”という意味で社名はそのままにしたとケン・スミス氏は語ります。

「S&Sといえば現在でも多くの人は“キャブレター”をイメージするのでしょうが、最初の主力商品はストローカークランクだったんです。

1952年にジョージ・スミスが製作した“TRAMP”はベースであるナックルELに自作のストローカークランク( 4-9 / 32インチ)とビッグボアシリンダー(3-7 / 16インチ)を組み込み、ノーマルの1000ccを1340ccに排気量アップ。ヘッドもツインキャブ仕様となっており、シカゴのHalf Day Speedwayで開催されたドラッグレースで優勝。この時、1/4マイルの距離で123.45 mph(197.52km/h)を叩きだしたとのこと。当時でこの速度は圧巻の記録です(写真提供:S&SCycle)

 ハーレーのサイドバルブモデルであるUL(1937年に1200ccモデルが登場し、1938年から排気量が1340ccになったモデル)用のクランクをナックルやパン(ハーレーの旧車エンジンの名称)に組み込み、排気量を上げるのが一般的な手法だったのですが、中古パーツだと数に限りがある上、激しいチューニングにも耐えられません。

 そこで父は、このクランクの生産に踏み切ったのですが、それは、イコールで当時のライダーたちがハーレーにパフォーマンスを求めていたからといえるでしょう。このストローカークランクの登場により、エンジンをモデファイする行為が一般のライダーにまで広がったのです」。

※ ※ ※

 こうしてハーレーのチューニングの世界で革命的なパーツな生み出し、“S&S”の歴史がスタートするのですが、次回は黎明期にレースへと挑んだ同社のストーリーと代名詞的パーツであるキャブレターの開発についてお伝えします。(続く)

【了】

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Writer: 渡辺まこと(チョッパージャーナル編集長)

ハーレーや国産バイクなど、様々な車両をベースにアメリカン・テイストのカスタムを施した「CHOPPER」(チョッパー)をメインに扱う雑誌「CHOPPER Journal」(チョッパージャーナル)編集長。カスタム車に限らず、幅広いバイクに対して深い知識を持つベテラン編集者。

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