ヤマハ新型「MT-09」こだわり過ぎたかもしれない鋳造技術【フレーム編】

3気筒エンジンを搭載するヤマハの大型ネイキッドモデル「MT-09」は、2014年新登場から2021年型で3代目となり、その生産にはヤマハ独自の鋳造技術が採用されています。実現には困難を極めた新型フレームについて紹介します。

ヤマハ史上最薄のフレームを実現した、独自のアルミ鋳造技術

「静かに、そして早く流すことが鉄則。これに尽きますね」

 ヤマハ独自の鋳造方法をあれこれ聞いているさなか、とあるエンジニアがクールにそう言いました。フレームに用いられる「CFアルミダイキャスト」にとって、そこにカギがあるとのこと。というわけで、新型「MT-09」にまつわる技術ネタの第2弾は、車体に関するあれこれです。

ヤマハ新型「MT-09」(2021年型)※欧州仕様

 CFとは「コントロールフィリング」の略で、「アルミの充填(=Filling)をいかに制御するか」という意味が込められています。それを突き詰めたのがCFアルミダイキャスト製法であり、フレームやスイングアームといった大物パーツの成型にはなくてはならない製法として定着しているのです。

 この技術は1990年代から試行錯誤が繰り返され、2輪では「YZF-R6」(2003年)のスイングアームや「FZ-6S/N」(2004年)のメインフレームを経て徐々に波及。「MT-09」の車体には、2014年の初代モデルから採用されています。

 そういう意味では「MT-09」独自の技術ではないのですが、新型のフレームは最新最良の仕上がりを実現しています。というのも、最も肉厚の薄い部分は、たった1.7mmしかなく、3.5mmだった従来フレームに対して半分以下の数値を達成。メインフレームとサブフレームの合計重量は1.9kgも軽くなっているといいます。

2014年の新登場から3代目となった「MT-09」には、新型のCFアルミダイキャストフレームが採用されている(写真は欧州仕様)

 1.7mmの厚みはヤマハのバイク史上最も薄く、「MT-09」のコンセプトのひとつ、「アジャイル(=俊敏さ)」に寄与しているのは間違いないでしょう。前回のレポートで紹介した「スピンフォージドホイール」の効果も合わせ、一体どれほどの軽快感を味わえるのか。試乗できる日が楽しみです。

モノ作りは反骨精神の上に成り立っている……

 さて、ではここからは薄いフレームを鋳造で作ることのメリットと、その難しさを説明していきましょう。おそらく、プレス材や砂型鋳造ならそれほど難しくないのかもしれません。ただし、それだと形の自由度が少なく、ヘッドパイプ部分、メイン部分、ピボット部分、エンジンハンガー部分……と部材ごとに作り分け、最後は溶接して繋ぎ合わせる必要があります。

新型の「MT-09」に採用されるCFアルミダイキャストフレームについて、開発に携わる方々に話を伺った

 対するCFアルミダイキャストは、複雑で大型のパーツでも一体成型で生産できることがメリットです。パーツ点数が少なくて済むということは精度が維持しやすく、コスト削減につながる理想の技術と言って良いでしょう。

 だからといって、事はそう上手く運びません。ちょっと想像してほしいのですが、わずか1.7mmの隙間を持つ金型を作り、そこに溶けたアルミを流した上で固め、最後に取り出すのです。しかも形状は単純ではなく、幅広いところ、尖ったところ、厚みのあるところ、薄いところと複雑に入り組んでいますから、アルミを行き渡らせるだけで難易度は高いのです。

 さらには熱して溶けたアルミの温度が低下しない内に一気に、そして均一に流し切ることが求められ、だからといって、スピード優先で隙間や気泡ができてはすべてが台無し。冒頭の「静かに、そして早く」という言葉の意味がまさにこれです。高圧高速を保ちながら、いかにアルミをコントロールするか、という点に、鋳造に一家言持つヤマハの誇りが伺えます。

ヤマハ新型「MT-09」のCFダイキャストフレームは、最も肉厚の薄い部分ではたったの1.7mm

 鋳造技術グループに所属するエンジニアのひとりが「モノ作りは反骨精神の上に成り立っています。要求された値はその時の技術を大幅に上回るものでしたが、だったら新たな技術で超えていけばいい。そんな風にして設計部門、材料部門、工法部門が一体になって取り組んだ成果を、新型MT-09で感じて頂きたいですね」と語ってくれました。

 その実現に、最新のAI解析のみならず、経験を積んだ職人技も大きく貢献。デジタルによる合理化とアナログなクラフトマンシップの融合が、ヤマハの強みと言えるでしょう。

 もっとも、燃料タンクが載せられ、エンジンが搭載された完成車状態では、フレーム内側の細かな形状や薄さを実感する機会はなかなかないかもしれません。とはいえ、CFアルミダイキャストの特徴は外からでもすぐに分かります。なぜなら、溶接痕が一切無いからです。

 既述の通り、この製法の特徴は一体成型を可能にしているところにあり、実際、新型「MT-09」のメインフレームは左右に分割した、たったふたつのパーツで構成されているのです。その締結もボルトが使用され、表面にはリブの役割を果たす凹凸や折り目があるだけですから、既存のフレームとは滑らかさが違います。

先代モデルより1.9kgの軽量化を実現した新型「MT-09」のCFダイキャストフレーム。車両重量では先代比約4kg軽量に仕上げている

 ちなみに、一般的な鋳造やプレス材を使用したフレームの場合、溶接長は8メートル以上に及び、構成パーツも10を超えるそうです。CFアルミダイキャストの実用化と、それを更に推し進めた新型「MT-09」のフレームが、いかに画期的か。薄さや軽さに加え、デザイン性も併せて注目してみてください。

 次回は、エンジンのシリンダーヘッドにフォーカスしてみたいと思います。

【了】

【画像】ヤマハ新型「MT-09」軽量CFアルミダイキャスト製の新フレームを見る(10枚)

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Writer: 伊丹孝裕

二輪専門誌「クラブマン」編集長を務めた後にフリーランスとなり、二輪誌を中心に編集・ライター、マシンやパーツのインプレッションを伝えるライダーとして活躍。鈴鹿8耐、マン島TT、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムといった国内外のレースにも参戦するなど、精力的に活動を続けている。

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