恐るべき、黎明期のホンダVツイン ~2輪系ライター中村トモヒコの、旧車好き目線で~ Vol.6

かつてホンダが開発した4ストロークVツインエンジンには、先進的な「VT」シリーズ、革新的な要素が詰まった「GL」シリーズがありました。ライターの中村友彦さんが解説します。

4ストロークに対する、ホンダのこだわり

 1982年から2017年に生産されたホンダ「VT250」シリーズに対して、エントリーモデル、オーソドックスなロードスポーツ、あるいはバイク便ライダー御用達、などという見方をする人は少なくありません。ただしシリーズ第1号車の「VT250F」は、2ストロークパラレルツインのヤマハ「RZ250」を標的とした、バリバリのスーパースポーツだったのです。

ヤマハ「RZ250」の牙城を崩すことを意識して生まれた「VT250F」(1982年)は、当時のホンダの4ストロークに対するこだわりを存分に感じるモデル。最高出力は「RZ250」と同じ35psだが、扱いやすさでは完全に上回っていた

 創業当初から4ストロークに並々ならぬこだわりを持っていたホンダは(同社が量産ロードスポーツの世界で、2ストロークに力を入れ始めるのは1983年以降です)、4ストロークで2ストロークを超えることを念頭に置いて「VT250F」を生み出し、少なくとも販売台数では、「RZ250」の牙城を見事に打ち砕きました。

 リンク式リアショックやフロント16インチ、ベンチレーテッド/インボード式フロントブレーキディスク、ジュラルミン鍛造のセパレートハンドルなど、「VT250F」は車体各部にも250ccクラス初にしてレーサー譲りのメカニズムを採用していましたが、このモデルで最も注目するべき要素は、やっぱりエンジンでしょう。

 当時の4ストローク250ccの多くが空冷パラレルツインだったのに対して、「VT250F」はGPレーサー「NR」の技術を転用した、水冷90度Vツインを搭載していたのですから。

ホンダ「VT250F」は、ドゥカティより先進的だった

 1980年代初頭の250ccクラスの基準で考えるなら、水冷、DOHC4バルブ、90度Vツインというだけで、十分に革新的だったのですが、現代の視点で「VT250F」のエンジンを見て私(筆者:中村友彦)が素晴らしいと感じるのは、Vバンク間=中央吸気・前後排気とダウンドラフト式キャブレターを採用したことです。

ドゥカティ「750SS」(1973年)。750ccから1000ccと350ccから750ccでカム駆動の方式に違いはあったが、1970年から1980年代中盤のドゥカティのVツインエンジンは、いずれも動弁系がOHC2バルブ、吸排気の方向は後方吸気・前方排気だった

 もっともその構成は、同時代のホンダ「VF400」「VF750」「VF1000」シリーズ、また、ヤマハが1982年に発売した「XZ400」「XZ550」も同様でしたし、ダウンドラフト式ではなくても、ハーレー・ダビッソンは昔から中央吸気・前後排気という形式を採用していたのですが、「VT250F」の理想の追求ぶりは、当時の250ccクラスでは群を抜いていたように思います。

 余談ですが、「VT250F」が登場した1982年頃の2輪市場を振り返って、Vツインロードスポーツに最も力を入れていたメーカーは、TT-F1やTT-F2の世界選手権で数々の栄冠を獲得したドゥカティでした。ただし、当時の同社が生産していた500ccから1000ccのVツインは、動弁系が昔ながらの空冷OHC2バルブで、吸排気の方向は前後気筒とも後方吸気・前方排気だったのです。

 そんなドゥカティが初めてVバンク間=中央吸気・前後排気とダウンドラフト式キャブレターを採用したのは1986年型「750パゾ」で、水冷DOHC4バルブの導入は1989年型「851」からです。排気量が異なるため、直接的な比較対象にはなりませんでしたが、この事実を知ると、「VT250F」のエンジンがいかに先進的だったかが理解できるでしょう。

革新的な要素が満載だった、ホンダ「GL400」「GL500」

「VT250F」が登場する数年前の1977年、1978年、ホンダは初のVツインとして、「GL400」「GL500」(仕向け地や年代によっては「CX400」「CX500」)を世に送り出しています。クランクシャフトを縦置きとしたこのモデルは、どことなくモトグッツィに似た雰囲気ではありますが、実際は「VT250F」に負けず劣らず、革新的な要素が満載でした。

ホンダ「GL500」(1977年)。今となっては不思議な気がするが、ホンダ初のVツインはクランクが縦置き、シリンダー挟み角が80度だった。「GL400」「GL500」用として開発されたVツインは後に数々の改良を受け、「CX500」「CX650」ターボに採用された

 まず当時のモトグッツィの冷却・動弁系が空冷OHV2バルブだったのに対して、「GL」は水冷OHV4バルブでしたし、吸気ポートのストレート化に加えてライダーの膝とキャブレターの干渉を考慮し、なんとクランク軸に対してシリンダーヘッドを22度外側にひねるという、過去に前例がない斬新な手法を取り入れていたのです。

 さらに言うなら、高回転高出力化を実現するためにチタン製プッシュロッドを採用したこと、シリンダーとクランクケースを一体成型したこと、縦置きクランクの回転反力を緩和するためにクラッチ+ドライブシャフトを逆回転させたことも、「GL」の特徴と言えるでしょう。

モトグッツィ「850-T3」(1975年)。専売特許と言うわけではないが、クランク縦置きVツインと言ったら「モトグッツィ」だろう。1960年代中盤からこのエンジンを主軸に据えたモトグツィは、現在も同じ姿勢を維持している

 なお現代の視点で「GL」のエンジンを見ると、意外なことに、2014年以降のBMWのフラットツインとの共通点が感じられます。クランク軸後部に発電用のオルタネーター、エンジン前方下部にクラッチユニットを設置する点はまったく同じですし、ミッションの配置もよく似ています。

 しかも興味深いことに、開発初期段階の「GL」は、現行フラットツインと同様のバーチカルフロー、上方吸気・下方排気をテストしていました。だから何だと言うわけではないですが、黎明期のホンダVツインは、「恐るべき」と言いたくなる先進性を備えていたのです。

【了】

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Writer: 中村友彦

二輪専門誌『バイカーズステーション』(1996年から2003年)に在籍し、以後はフリーランスとして活動中。年式や国籍、排気量を問わず、ありとあらゆるバイクが興味の対象で、メカいじりやレースも大好き。バイク関連で最も好きなことはツーリングで、どんなに仕事が忙しくても月に1度以上は必ず、愛車を駆ってロングランに出かけている。

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