黄金の空白地帯を狙い撃つ ヤマハ「YZF-R7」は絶妙なるスーパースポーツだった
2022年2月に新発売となったヤマハ「YZF-R7」は、ネイキッドモデルの「MT-07」をベースに排気量688ccの水冷直列2気筒エンジンを専用に調整した軽量ダイヤモンドフレームに搭載し、「YZF-R」シリーズのスタイリングを継承したスーパースポーツモデルです。当初100万円を下回る車両本体価格など、多くの注目を集めた2022年型にあらためて試乗しました。
ラインナップの立ち位置、性能と走りの裾野の広さ、懐の深さ、どれも絶妙!!
ヤマハの「YZF-R7」(以下R7)は気になるバイクです。ナゼか? いわゆるスーパースポーツの中心でもある1000ccクラス、600ccクラスのモデルは、市販車をベースとして戦うレースカテゴリーに合わせ、勝つためのベース車として設計されているケースが大半。超高性能な4気筒エンジン、フレームやサスペンションもサーキット性能を主軸に公道使用も視野にいれたチューニングがされ、当然その性能を一般道で引き出すこと自体が難しいほどです。また、メーカーが威信をかけて送り出すモデルだけに、先端技術をフル装備しています。
例えば、オーリンズ製の電子制御サスペンションやカーボンパーツを惜しみなく装備するヤマハ「YZF-R1M」では、剛性の高いアルミフレーム、200馬力を生み出すエンジンや、電子制御パラメータを変更することで、ライダーの好みやサーキット、天候に合わせたセットアップも短時間で可能にしています。装備と性能はまさにプレミアムで、価格も319万円。ベースグレードの「R1」でも236万5000円です。
このバイクに惚れてしまえば問答無用でお店へゴー、ですが、いやいや、そこまでの性能は手に負えないし、価格面でもちょっと手が出せない、という場合もあるでしょう。となると、これまでヤマハで選択をするなら、「YZF-R25」か「R3」という、250ccクラスか、その「R25」をベースにした320ccモデルがあるものの、「R1」との間には性能、価格で大きなギャップが存在していました。
コレ、たいていどのメーカーでも存在する部分で、この空白の地帯に送り出されたモデル、それが「R7」だったのです。車体は「MT-07」をベースに、「YZF-R」シリーズに相応しくチューニング、乗りやすさでお馴染みの「MT-07」と同スペックのエンジンを搭載し、フレームもそれをベースに仕立てられています。しかし前後のサスペンションやアクセルレスポンスに対するチューニングは、しっかり「R7」用にデザインされています。なにより、スーパースポーツスタイル、ライディングポジションとなれば、気にならないハズがありません。
「R7」との公道初デートは寒い雨の朝から始まりました。前傾姿勢は「R1」とさほど変わりないように見えます。しかし、ソフトに仕立てられたサスペンションやスリムなシート幅の恩恵で、シート高がことさら高く感じません。188kgという車重、細身の車体も第一印象から手強さを減じてくれます。
エンジンは不等間隔爆発をする並列2気筒です。688ccの排気量からゆとりのあるトルクを生み出し、1速で発進する瞬間など、エンストという言葉がこのバイクの辞書には無い! そう確信できるほどトルクフル。
自宅から裏道を駆使して走る時、車体の素直さ、軽さ、そしてこのエンジンの扱いやすさも相まって、「YZF-R」シリーズに乗っていることすら忘れそう。ちなみに、アシスト&スリッパークラッチを装備することで、レバー操作力の軽さは素晴らしい! の、一言。
それに気を良くしてバイクを傾けた時、イン側のハンドルバーに腕を通して体重がかからないようにしないと、自然に切れる前輪の向きを押し戻してしまいます。これは「R7」に限ったことではなく、レプリカ系ポジションあるあるなので、注意点でしょう。ステアリングステム(左右にフロントが切れる回転軸の中心です)を軸に、垂れ角のあるハンドルバーがどのように動くのか、まず停車時に左右にフルロックして確認。それに合わせて手首の角度を合わせ込むようにして走らせました。
雨の都市高速を走ります。履いているブリヂストン「BATTLAX HYPERSPORT S22」のウエット性能は充分。走り出しから気温一桁の雨でも接地感があり、恐くありません。「R1」ほど高負荷設定のサスペンションではないのもプラスポイント。寒いけど、安心して序盤からバイクとのコミュニケーションを醸成し始めます。
都市高速に流入。ペースがあがります。時折交通量の関係からベースがガクンと落ちるのですが、フレキシブルなエンジン特性なのでフラストレーションが溜まりません。50km/hを6速からトルクフルに加速をするのは「MT-07」と同じ。滑らかな回転フィールで荒々しさは一切なし。振動が少ないことも美点で、都市高速から制限速度100km/hの高速道に乗り入れても上質なツーリングバイクとして機能してくれます。
前傾姿勢はネイキッドモデルの「MT-07」よりも当然キツイですが、「R7」のようなカウル付きのスタイルが大好き、でも峠もサーキットも行きません、という人がツーリング用に買っても大丈夫、と太鼓判を押せます。その印象は一般道でも同じで、ツーリング先の地元民の移動速度に合わせていても、エンジンのフレキシビリティさで乗り手を急かさず。それでいて、前に車が居なければ、コーナリングへのアプローチでも速度をさほど落とさず旋回する時の所作はさすが。
カーブが連続するローカルロード。ここで真価を見せてくれます。もちろん、限界性能なんて試せません。むしろ、一定速度で流しながらコーナーを右に左に切り返し、狙ったラインをトレースするような場面です。
ライダーの意思とバイクの旋回性能をシンクロさせようとしたとき、「R7」のポジションにライダーがチューニングを合わせるだけで、充実のコーナリングワールドを楽しませてくれるのです。軽すぎず安心感があり、でもネイキッドとは次元の違う走り。これです。
フロントのブレーキタッチは素晴らしく、指一本で減速が完了するほどイージーかつ高性能なシステムを持っています。「R7」のキャラで言えば、もうワンランク食いつきを抑えても良いくらいで、指2本でもラクラクレベルまでマイルドにしても良いのでは、というのがツーリング中の印象でした。
それでもワインディングを走ると、作動性の良いサスペンションとタイヤが雨上がりの道をしっかりとグリップして走りを楽しめます。
「R7」で200km以上走らせて解ったのは、性能と走りの裾野の広さ、懐の深さです。そして2021年に新型として発表された時の100万円を下回る99万9900円という価格設定と言い、乗りやすさで魅了する優しさが心に残る試乗でした(2023年モデル発表より価格は105万4900円に変更されました)。
Writer: 松井勉
モーターサイクル関係の取材、 執筆、プロモーション映像などを中心に活動を行なう。海外のオフロードレースへの参戦や、新型車の試乗による記事、取材リポートを多数経験。バイクの楽しさを 日々伝え続けている。