「足跡タイヤ」はホンダがファンに愛される象徴に思える!? ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.219~

レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、ホンダが1990年に発売した原付バイク「ZOOK」が履くタイヤは、ホンダがファンに愛される象徴に思えると言います。どういうことなのでしょうか?

なんとも可愛い「足跡タイヤ」

 1990年に発売されたホンダの原付バイク「ZOOK(ズーク)」の原稿を書くために、僕(筆者:木下隆之)は実車を求めてホンダの青山本社まで足を運びました。いまから33年も前のバイクがオリジナルのままで残っているなんて、偏執的なコレクターを探すか、ホンダのドアをノックするしか方法はなかったからです。

「乗って楽しく」「見て楽しく」を徹底追求したホンダ「ZOOK(ズーク)」(1990年発売)は、標準で靴の足跡をイメージした溝が刻まれた専用タイヤを履いていた
「乗って楽しく」「見て楽しく」を徹底追求したホンダ「ZOOK(ズーク)」(1990年発売)は、標準で靴の足跡をイメージした溝が刻まれた専用タイヤを履いていた

 それは完壁に当時のコンディションそのままで保管されていたわけなのですが、なかでも微笑ましく思えたのは、当時「ズーク」が履く専用タイヤとして話題になった「足跡柄のタイヤ」です。

 タイヤのトレッドパターンは、子供が描いた靴の足跡のような、シューズの靴裏をモディファイしたデザインなのです。粉雪が薄ら積った路をとぼとぼと歩くときに、路面に残った靴跡のような、あれです。

「ズーク」はそのスタイルから想像するように、街中を闊歩するのが似合うシティコミューターです。排気量49ccの空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載しますが、もはやエンジン付とは思えないほどコンパクトです。スケートボードをイメージして開発され、まさに走るというより歩く……。靴底のようなトレッドパターンは、それを象徴しています。なんとも可愛のです。

 といっても、タイヤの性能が低いわけではないでしょう。トレッド面が平面だとしたら、足跡柄のトレッドパターンでは排水性が確保できないかもしれません。

 タイヤにはたいがい、回転方向に貫く溝が刻まれています。その溝が路面の水を切り裂くことで、タイヤそのものを路面に接地させているのです。もし排水するための溝がなければ、タイヤは水の膜で浮いてしまい、ゴムが路面に接することができずにスリップしてしまうのです。

 ただし、このタイヤは回転方向にも横方向にもラウンドしてします。我々が雪道を歩く場面とは別でしょうから、回転方向に貫く溝がないからといっても、雨の日でも安易に滑ることはないのだろうと想像します。いくら速さを求めないシティコミューターとはいえ、世界最大手のバイクメーカーが、雨の日には危険なバイクを発売するはずはありません。

 ちなみに、かつてヨコハマタイヤが、同社のフラッグシップブランドである「ADVAN」の「A」の文字をモチーフにしたスポーツタイヤを開発したことがあります。最初はシャレのつもりだったそうですが、実際に試作品をテストに持ち込むと、意外なことに性能には問題がなかったそうです。そして市販化に向けてプロジェクトが動き出したと言います。

 それにしても、ホンダの企画力と実行力には感心しますね。街中を爽快に駆け回るバイクだから、スニーカーの足跡が似合うといったアイデアも素敵ですが、その企画を会議の議題に持ち込んだメンバーがいるわけです。そこにはベデランの上司もいるわけです。

「それは面白いね。製品にしてみよう」と決断した開発メンバーの顔を想像すると、微笑ましい気持ちになります。そんな開発陣だから、こんな楽しいバイクが誕生したのでしょう。

「ズーク」の足跡が、ファンに愛されているホンダを象徴しているような気がします。

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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