秀吉の天下取りを支えた紀州「和歌山城」の役割とは? 『豊臣兄弟!』ゆかりの地をバイクで巡る旅

天正13年(1585年)、羽柴秀長が築城を始めた虎伏山の山頂部。現在の天守閣は戦後の復元だが、大天守と小天守を連ねる姿が「和歌山城」の存在感を伝えている
自然石を生かした野面積みの石垣。石の形をそろえすぎない荒々しさに、築城初期の力強さが残る
自然石を生かした野面積みの石垣。石の形をそろえすぎない荒々しさに、築城初期の力強さが残る
自然石を生かした野面積みの石垣。石の形をそろえすぎない荒々しさに、築城初期の力強さが残る
天正13年(1585年)、羽柴秀長が築城を始めた虎伏山の山頂部。現在の天守閣は戦後の復元だが、大天守と小天守を連ねる姿が「和歌山城」の存在感を伝えている
和歌山市街を一望できる天守の内部
石垣の下部に設けられた「埋門」は、緊急時の水の確保にも関わる通路だったと考えられ、城の実用性を伝える遺構
石垣の下部に設けられた「埋門」は、緊急時の水の確保にも関わる通路だったと考えられ、城の実用性を伝える遺構
紀州といえば梅。それを象徴するように、城内には樹齢約50年の南高梅(なんこううめ)が植えられている。城跡を歩きながら、和歌山らしい風土にも触れられる
紀州といえば梅。それを象徴するように、城内には樹齢約50年の南高梅(なんこううめ)が植えられている。城跡を歩きながら、和歌山らしい風土にも触れられる
地中海沿岸原産の月桂樹も植えられていた。解説板によると日本へは1905年ごろに渡来し、各地で記念樹や庭木として親しまれるようになったという
城内では様々な展示物も見学することができた。金属板をつないだ「骨牌鉄畳具足(かるたがねたたみぐそく)」は、折りたたんで運べる実用性を備え、兜には金の輪、佩楯(はいだて)には朱の丸が描かれている
城内では様々な展示物も見学することができた。金属板をつないだ「骨牌鉄畳具足(かるたがねたたみぐそく)」は、折りたたんで運べる実用性を備え、兜には金の輪、佩楯(はいだて)には朱の丸が描かれている
小笠原流弓術の秘伝を図入りで記した写し。室町時代以降、武家礼法と結びつき、江戸時代には儀礼の弓術として受け継がれた
小さな鋲(びょう)を多数打ち込んだ兜。鉄板の枚数を抑えた簡素な構造ながら、戦場での防具としての工夫がうかがえる
小さな鋲(びょう)を多数打ち込んだ兜。鉄板の枚数を抑えた簡素な構造ながら、戦場での防具としての工夫がうかがえる
金箔を施した小札をつないだ華やかな具足。62枚の鉄板で構成され、実用性と格式を兼ね備えた武具の美しさが伝わる
金箔を施した小札をつないだ華やかな具足。62枚の鉄板で構成され、実用性と格式を兼ね備えた武具の美しさが伝わる
駐車場からも近く、天守へ向かう登城路として利用しやすい新裏坂。急な石段を上ると「和歌山城」が虎伏山(とらふすやま)の地形を活かした城であることを実感できる
駐車場からも近く、天守へ向かう登城路として利用しやすい新裏坂。急な石段を上ると「和歌山城」が虎伏山(とらふすやま)の地形を活かした城であることを実感できる
天守からは和歌山市街を一望できる。紀の川(きのかわ)や海上交通を押さえるこの場所が、大坂の南を固める重要地だったことが分かる

この画像の記事を読む

画像ギャラリー

編集部からのおすすめ

ブリヂストン「BATTLAX RACING STREET RS12」徹底レビュー! 本気で走りの楽しさを追求したい人だけが履くべきプレミアムスポーツタイヤ【PR】

ブリヂストン「BATTLAX RACING STREET RS12」徹底レビュー! 本気で走りの楽しさを追求したい人だけが履くべきプレミアムスポーツタイヤ【PR】

最新記事