水没したバイクはどうなる? エンジン始動で恐怖の『ウォーターハンマー』が悲劇を招く

台風や大雨などによる冠水の影響で、保管していた愛車が水に浸かってしまった場合、または走行中に水没した場合、バイクはどうなるのでしょうか?

あくまでも極端な例、特別な場所では対策が当たり前

 台風や大雨などによる冠水の影響で、保管していた愛車が水に浸かってしまうということは無い話ではありません。また、日常ではまず無いシチュエーションですが、走行中に水没することも実際にはあります。

水を吸い込んでしまったエンジンを無理やり動かすと内部が破壊される

 走行中のバイクが水没したら、エンジンはどうなってしまうのしょうか? エンジンを停止せずにそのまま回し続けてしまうと、エンジン内に水が浸入し「ウォーターハンマー」現象によりシリンダー内が破損、故障して動かなくなります。

 しかしそのような状況に陥り、体験した人は多くはないでしょう。ここではラリーという特別なシチュエーションで、実際に起きたトラブルを“水没の極端な例”として紹介します。

実録『アジアクロスカントリーラリー』という現場で起きた悲劇

 2018年8月、タイからカンボジアへ約2,500kmの距離を走破する6日間の国際ラリー『アジアクロスカントリーラリー』に参戦していた日本人ライダー「M」さんは、それまで順調に走行していた大会4日目、雨季のカンボジア特有の「ウォーターベッド」地帯を走行していました。

カンボジアで遭遇したウォーターベッドでは「シュノーケル」を装備する4輪が水に浸かりながら進む(写真提供:ラリー参加者より)

「ウォーターベッド」とは巨大な水たまりのことです。日本の田園とは異なり、カンボジアのあぜ道は田園よりも低い位置にあるため、雨季には川のごとく雨水が溜まり、深さは約1mにもなります。

 しかし現地の人たちは乾季の路面状況に詳しく、原付バイクでも余裕で走行していきます。川とはいえ、浅いところやタイヤ2本分くらいの細いエスケープラインがあり、そこをスルスルと走るのです。

 しかし日本人のMさんは普段からそのような場所は走りませんので、浅いところも見分けられず、また焦っている状況で脇道も見つかりません。じつはこの危険地帯を、Mさんはなんとかクリアできました。しかしそれが悲劇のはじまりだったのです。

 走行中、エンジンからの異音に気づきます。おそらくエアクリーナーなどから少しずつ水を吸っていたのでしょう。エアクリーナーに専用の薄いカバーを装着したり、水抜き用の穴を埋めるなどの対策もしていませんでした。

 先を急いでいたMさんは、あともう少しで乾いた路面に到達する直前に、緊張の糸が切れ、深い水たまりにバイクを倒してしまったのです。

田んぼよりも低い道には水が溜まり川となって4輪でも容易くスタックする

 急いでキルスイッチ(エンジンOFF)を押しましたが、泥水で接触不良を起こしていたらしく、エンジンがなかなか止まりません。ようやくエンジンが止まったものの、その間に大量の水を吸い込んでいました。

 ここで知識のあるライダーならば、エアクリーナーやマフラーを外して水を抜き、燃料タンクと点火プラグを外し、クランキングしてエンジン内の水分を吐き出します。しかし慌てたMさんはセルスイッチを押し続けてしまい、しまいにうんともすんとも言わなくなりました。

順調だったラリーが突然停止、絶望に変わる瞬間

 その後、知人に助けられてプラグを交換するもエンジンはかからず、バッテリーも切れてしまい、何度押しがけをしてもエンジンはかかりませんでした。

現地の子供たちに助けを求めて大人を呼んでもらい、動かなくなったマシンを載せてくれたトラクター

 最終的に、周囲にいた現地の子供達を呼んでジェスチャーで状況を伝え、トラクターの荷台に載せて大きな道路まで運んでもらいました。真夜中に宿泊地に到着し、復旧を試みましたが、最終的にウォーターハンマー現象であると断定し、リタイアとなったのです。

 前置きが長くなりましたが、そのエンジンを後日、帰国後にプロショップで分解し、いわゆる「ウォーターハンマー」現象を目の当たりにします。

 通常の混合気ではなく、圧縮されない水がエンジン内に侵入した状態では、クランクが回転し、ピストンが無理やり圧縮行程に入ると、圧縮できない力がどこかに逃げないといけません。

 燃焼室やシリンダー、ピストンは、そもそも爆発に耐える強度があります。そこで上下運動を回転運動に変換するだけの強度を持つコンロッドにしわ寄せが来ます。エンジン部品の中で最も弱い部品なのです。

ピストンももちろん無事ではありませんでした。水没したら、エンジンをすぐに停めて、水抜きをするのが鉄則です

 逃げなければいけない圧力が、コンロッドを横に曲げる方向に働く、これが恐怖のウォーターハンマーなのです……整備を依頼したメカニックは次のように言います。

「イメージで言えば、100kgの重りが上から降りてきて、頭で支えたとする。さらにもう100kgが上に重なったとき、耐え切れずに首が横に折れる感じ」

※ ※ ※

 残酷な話ですが、エンジンに対してそんなひどいことをMさんはやってしまったのでした。もちろん高い授業料となったことは言うまでもありません。

 近年は台風や大雨など、バイクやクルマの水没も決して非日常とは言えません。万が一愛車が水没してしまったら、不用意にエンジンをかけたりせず、知識のあるバイクショップに相談するべきでしょう。

【了】

【画像】水没バイク悲劇の末路!?

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