魅惑の直4スーパースポーツ!! フルパワーが標準なのは今だけ? 揺れ動く国産モデルのこれまでとこれから
いまでこそ国内と海外との仕様違いにパワー差は無くなってきましたが、かつてはさまざまな事情で大きな差がありました。伊丹孝裕さんが振り返ります。
フルパワー仕様にちょっと憧れた時代もあった……
排気量1000ccクラスのスーパースポーツは、「速さが正義」という単純明快なカテゴリーです。なにはなくともハイスペックであることが重要で、もっとも分かりやすいポイントがパワーの優劣でしょう。
ちなみに、先頃試乗した4台の国産スーパースポーツの最高出力は次の通りです。
■ホンダ「CBR1000RR-R FIREBLADE SP」218ps/14500rpm
■ヤマハ「YZF-R1M」200ps/13500rpm
■スズキ「GSX-R1000R」197ps/13200rpm
■カワサキ「Ninja ZX-10R」203ps/13500rpm
これらのモデルは、ドリーム店(ホンダ)、YSPおよびアドバンスディーラー(ヤマハ)、スズキバイクショップ(スズキ)、プラザ店(カワサキ)といった各メーカーの正規ディーラーで購入することができ、欧米と同じ、いわゆるフルパワー仕様で販売されているのです。
スペックに敏感な人は「あれ、国内仕様じゃなくてフルパワー仕様が普通に買えるの?」と思うかもしれません。そう、じつは買えるのです。というか、いまは国内仕様をわざわざ作る必要がなくなり、ハイスペックマシンを当たり前に乗れるようになりました。
とはいえ、これはごく最近のこと。例えば2014年型のヤマハ「YZF-R1」同士を比較すると“国内仕様”と“フルパワー仕様”では次のような差があったのです。
■2014年「YZF-R1」国内仕様
最高出力:145ps/11000rpm
速度リミッター:180km/h
価格:141万7500円
■2014年「YZF-R1」フルパワー仕様
最高出力:180ps/NA
速度リミッター:なし
価格:162万円(プレストコーポレーション取扱モデル)
いかがでしょう? 使える使えないはさておいて、フルパワー仕様の方が35psも上回っていました。もっとも、これで50万円高ければあきらめもつくでしょうが、両仕様の差は20万円強……じつに悩ましい、絶妙な価格設定と言えます。
ちなみに、その翌年登場した究極のスーパースポーツ、ホンダ「RC213V-S」のスペック差はもっと凄いことになっていました。
■2015年「RC213V-S」国内仕様
最高出力:70ps/6000rpm
速度リミッター:なし
価格:2190万円
■2015年「RC213V-S」フルパワー仕様
最高出力:215ps以上/13000rpm
速度リミッター:なし
価格:18万8000ユーロ
念のため書いておきますが、パワーも回転数も表記ミスではありません。2000万円以上もした“リアルMotoGPマシンレプリカ”なのに、日本の公道で乗ろうとするとパワーは3分の1以下、回転数の上限は2分の1以下という冗談のようなスペックを公称していたのです。
では一体、なぜこんなことになっていたのか? それは日本独自のさまざまな規制が足かせになっていたからに他なりません。
なにかと規制に翻弄されてきたニッポンの事情
そもそも日本では、排気量750ccを超えるモデルの販売をメーカーが自主的に規制していました。1969年に登場したホンダ「CB750Four」を機に、「これ以上デカくて速いバイクを、狭いニッポンでバンバン売るのはいかがものか」という考えにみんなが賛同。1980年代に入ると自主規制だけでなく法規制も強まり、馬力や音量の基準も厳しくなっていったのです。
ただし、大型自動2輪免許の保有者にとって「どうせ乗るならデカくて、パワーのあるヤツ」と考えるのは当然のこと。みんながこぞって「逆輸入モデル」を求めるようになったのがこの頃です。輸出用に生産された大排気量&大パワーモデルでも一度、国外に出して戻すと1200ccだろうが150psだろうが国内で乗ることができました。いまにして思えばちょっと変というか、無駄というか、抜け道というか、ある種のダブルスタンダードがまかり通っていたも同然です。
そんなこともあって、1990年代になると排気量に関する自主規制が解かれ始めました。ヤマハ「V-max1200」やカワサキ「GPZ900R」といった人気モデルが国内向けに発売されたものの、販売成績は小ヒットといったところ。なぜならそれ以外の規制の適用は続き、大幅なパワーダウンを余儀なくされていたからです。
先述の「RC213V-S」の例でも分かる通り、この規制はつい最近まで続いていました。それが2020年モデルでは一転。中でも「CBR1000RR-R FIREBLADE SP」はライバルを圧倒する218psものハイパワーを掲げて登場したのです。
この5年で何があったのかと言えば、ヨーロッパで実施されてきた環境規制と日本のそれを統一しようという動きです。
ユーロ1(1999年)、ユーロ2(2005年)、ユーロ3(2007年)と、ヨーロッパでも段階的に進められてきたわけですが、2016年に始まったユーロ4をきっかけに国際基準の調和が一気に進み、2020年のユーロ5でほぼ統一。ごく簡単に説明すると「ヨーロッパで問題ないなら、日本でもそのまんま売ってもいいことにしませんか?」「賛成!!」となったわけです。
いざそうなってみると、これまでの数十年間はナンだったんだ? という気がしないでもありませんが、ユーザーもメーカーも余分なコストや手間暇から解放されるのですから、これにて一件落着。これからは、みんなでどんどんフルパワーを楽しみましょう!
……と能天気に喜んで終わりたいのですが、こんな弾けたスペックが堪能できるのも、もしかすると今だけかもしれません。
なぜなら、基準が大幅に厳しくなるユーロ6の適用が、そう遠くない将来に控えているからです。スーパースポーツの超絶スペックが今後どうなるかはまだ断言できませんが、大きな転換期を迎えようとしているのは確かです。
【了】
Writer: 伊丹孝裕
二輪専門誌「クラブマン」編集長を務めた後にフリーランスとなり、二輪誌を中心に編集・ライター、マシンやパーツのインプレッションを伝えるライダーとして活躍。鈴鹿8耐、マン島TT、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムといった国内外のレースにも参戦するなど、精力的に活動を続けている。