「キルスイッチ」は何のため? 普通に使って良いの?
多くのバイクがハンドルの右側に装備している、主に目立つ赤色の「キルスイッチ」は、どことなく緊急ボタンのようで、非常時しか使ってはいけない雰囲気ですが……そもそも何のためにあるのでしょうか。
元はレース用の装備
ハンドル右側のスイッチボックスに備わる、主に赤色の「キルスイッチ」は、小排気量のコミューターを除けば、スポーツバイクならジャンルを問わず装備しています。正式には「エンジンストップスイッチ」と呼び、“右回転に「×」印のマーク”の方に押すとエンジンが停止します。ちなみにこのマークは世界共通です。
とはいえバイクにはイグニッションキー(メインキー)があり、キーをOFFの位置に回せばエンジンは停まります。それなのになぜ、別途キルスイッチを装備しているのでしょうか?
じつは、元々レーシングマシンのための装備です。昔のレース用のバイクはバッテリーを積んでおらず、エンジンが回す発電機の電気だけで走っているマシンも少なくありませんでした。
エンジンの始動はキックスターター、もしくは“押しがけ”で、セルフスターターも装備していません。レース専用なのでイグニッションキーもありません。そして走り終わったらエンジンを止める必要があるので「キルスイッチ」が装備されたのです。
やっぱり非常用?
しかしキルスイッチの本来の役目は、レース後にエンジンを停止するためだけではなく、緊急時にエンジンを速やかに停止するコトです。転倒や事故を起こした際に、エンジンが停止せずにタイヤが回り続けると、ライダーの救助やマシンの撤去作業に支障があり、非常に危険です。漏れたガソリンに引火する可能性もあります。
そんな万一の事態に、瞬時にエンジンを停止できるようキルスイッチの装備が義務づけられているのです。市販バイクの場合も、イグニッションキーをOFFの位置に回すよりも、キルスイッチの方が簡単かつ速やかにエンジンを停止することができます。
これはバイクに限らず4輪のレースも同様で、ドライバーが負傷等でエンジンを止められない場合に、コースマーシャルが外部からエンジンを停止できるように、車体の外側にもキルスイッチを装備しています。
現行バイクは、転倒すると自動的にエンジンが停止する!?
キルスイッチは転倒時などに速やかにエンジンを停止しやすくする役目……ですが、じつは近年のフューエルインジェクション(燃料噴射装置)のバイクの多くは「転倒センサー(メーカーによって呼び名が異なる)」を装備しており、転倒して車両が最大バンク角を大きく超える横倒しの状態になると、転倒センサーが検知して自動的にエンジンを停止してくれます。
昔のキャブレター仕様のバイクは、ガソリンは重力で燃料タンクからキャブレターに送られ、キャブレターの構造的にも車体が横倒しになると燃料が正常に供給されなくなるため、いずれはエンジンが停止しました。
しかしフューエルインジェクションの場合、ガソリンは燃料ポンプで送られ、燃料を噴射するインジェクターやECU(エンジン制御ユニット)などが破損していなければ、いつまでもエンジンが停止しないため、この機能が備わったのです。
となると、最近のバイクなら「キルスイッチって必要ないんじゃ……」という気もしますが、やはりライダーの意思で速やかにエンジン停止できるスイッチがあった方が安全と言えるでしょう。
じつは便利なキルスイッチ
元々はレーシングマシンのエンジン停止のために用意されたキルスイッチですが、一般ライダーの普段乗りでも、けっこう便利に使えます。たとえばETCが使えない有料道路の料金所や、有料パーキングの出入り口では、キルスイッチでエンジンを停止してしまえば、ギアをニュートラルに入れずにハンドルから両手を離すことができるので、財布や通行券の取り出しなどが簡単です。
再びスターする際も、キルスイッチをオン(RUN)にしてクラッチレバーを握ってセルボタンを押すだけで済みます。長めの信号待ちでも使えるワザですし(=アイドリングストップ)、新車時など、トランスミッションが馴染んでいなくてニュートラルに入れにくい時も活用できます。
もちろん、イグニッションキー(メインキー)をOFFにしてエンジンを停めても同じことですが、それではメーターやインジケーターランプも消えてしまいます。また、キーONからメーター類の起動まで時間がかかるモデルもあるので、一時的にエンジンを停止するなら、断然キルスイッチの方が便利でしょう。
ちなみに「キルスイッチって非常用でしょ? 頻繁に使って大丈夫なの?」と感じているライダーもいるようですが、走行中でなければ何ら問題ありません。ただし駐車時にキルスイッチでエンジンを止めたら、キーを抜く(イグニッションスイッチをOFFにする)ことを忘れずに。
Writer: 伊藤康司
二輪専門誌『ライダースクラブ』に在籍した後(~2005年)、フリーランスの二輪ライターとして活動中。メカニズムに長け、旧車から最新テクノロジー、国内外を問わず広い守備範囲でバイクを探求。機械好きが高じてメンテナンスやカスタム、レストアにいそしみ、イベントレース等のメカニックも担当する。