楽器の会社がなぜバイクを? 最初から美しかったヤマハ「YA-1」の愛称は「赤とんぼ」

ヤマハの最初のバイク「YA-1」は、1955年のヤマハ発動機創業と同時に登場しました。栗毛色のスリムで軽快な車体で「赤とんぼ」の愛称で大ヒットしました。富士登山や浅間のレースで優勝し、ヤマハの名を全国に認知させた功労車です。

楽器からプロペラ、そしてバイクへと繋がる高い鋳造技術のワケとは?

 ヤマハは2025年に創立70周年を迎えました。バイク乗りにとってはバイクメーカーとしてお馴染みのヤマハですが、そのルーツは明治時代に創業した「日本楽器製造株式会社」(現ヤマハ株式会社)です。

 現在でも楽器市場の世界シェアNo.1のトップ企業で、ヤマハの企業名は創業者である山葉寅楠氏の名前に由来しています。

 楽器以外にも航空機のプロペラ(木製/金属製)も製造していましたが、戦災で本社工場は消失し、残された工場の工作機械を利用して、1954年にバイク製造事業をスタートします。

 当時は終戦から10年を経て、復興によるバイクブームが訪れていました。新興バイクメーカーが台頭し、200社を超えるバイクメーカーがひしめく中で、「最後発の参入でも世界で通用する製品を造れば……」と新分野へ船出します。

 ここに紹介するバイクは、ヤマハの第1号車「YA-1」です。排気量123ccの空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載し、美しい車体にはヤマハらしさが感じられます。

1955年に発売されたヤマハ製のバイク1号車「YA-1」は、美しい栗毛色の塗色と軽快な走りで「赤とんぼ」の愛称で呼ばれた
1955年に発売されたヤマハ製のバイク1号車「YA-1」は、美しい栗毛色の塗色と軽快な走りで「赤とんぼ」の愛称で呼ばれた

 タイムラインを確認すると、ヤマハ発動機として独立する1年前の1954年3月に「YA-1」の製造をスタートし、2カ月後には早くも試作車が完成、10月には型式認定も取得しています。このスピードの背景にはお手本となるDKW社(ドイツ)の「RT125」というバイクの存在がありました。

 1932年にデビューした「RT125」は、戦後、希望者に設計図を公開して世界中のバイクメーカーにシェアされました。ヤマハは設計図を入手できず、実車を分解することから研究が始まりました。

 しかしお手本があっても、大事なのは実際に生産されるバイクの完成度です。試作車で1万kmにも及ぶ実走テストを経て、1955年から1台1台手作業による仕上げで厳しい品質検査をクリアし、「YA-1」が工場から送り出されました。

 発売はヤマハ発動機が設立する前の1955年2月からで、当初は製造販売を日本楽器製造が行なっていました。「楽器工場でバイクの生産?」と不思議に思うかもしれませんが、意外なところに共通点がありました。

 ピアノの外観は木製ですが、内部に隠された鋳鉄製のフレームが音色に大きく影響します。20トンを超える弦の張力を支える高強度と、美しい音を長く響かせるための弾性という2つの要素は、バイクのフレーム設計でも登場する剛性としなりを連想させます。

 ヤマハは日本楽器製造の時代から、金属を溶かして思い通りの形と性能を実現する高い鋳造技術を持っていました。「YA-1」の空冷フィンの製造においても、日本ではあまり前例がない特殊な鋳造方法で製造されています。

 発売開始当時、他の125ccクラスのバイクに比べて10%ほど高価だったこともあり、なかなか売れずに営業面で苦戦します。これを打開したのは、レース出場による性能アピール戦略でした。

エンジンはDKW社の「RT125」をベースに、ミッションの4速化など独自に開発。プライマリーキック方式を日本で最初に採用している
エンジンはDKW社の「RT125」をベースに、ミッションの4速化など独自に開発。プライマリーキック方式を日本で最初に採用している

 1955年7月1日には日本楽器製造から二輪製造部門が分離・独立し、ヤマハ発動機が設立されました。そのわずか10日後、「YA-1」は富士登山レースで優勝し、さらに浅間火山レースなどでも快進撃が続きます。

 レースで優勝すると東京、大阪などで優勝パレードを行ない、記録映画を作って販売店に配布し「ヤマハ」の知名度を上げていきました。

 1955年に2272台だった「YA-1」の販売台数は、3年間でトータル約1万1000台となり、レースでの技術アピールが販売促進に貢献していきました。

 ヤマハ発動機本社に隣接した企業ミュージアム「コミュニケーションプラザ」の2階の展示スペースで、「企業の歴史」コーナーに置かれた「YA-1」は、軽量級のバイクながら高級感のある、いま風に言うと「映え」のある仕上がりです。

 当時は黒一色が多かったバイクですが、車体色は栗毛色の駿馬をイメージしたマルーンです。デザインを担当した「GKデザイン」によると、チョコレートのパッケージの色を参考にしたとも言われています。

 その車体色やシャープな加速と軽快なハンドリングなどから「赤とんぼ」の愛称で呼ばれ、登場から2年後には一気にアップデートされた後継機種「YA-2」へとバトンタッチします。

 ヤマハ「YA-1」(1955年)の当時の販売価格は13万8000円です。

■ヤマハ「YA-1」(1955年型)主要諸元
エンジン種類:空冷2ストローク単気筒
総排気量:123cc
最高出力:5.6PS/5000rpm
最大トルク:0.96kg-m/3300rpm
全長×全幅×全高:1980×660×925mm
始動方式:キック
燃料タンク容量:9L
車両重量:94kg
タイヤサイズ(前後):2.75×19-2P

【取材協力】
ヤマハ・コミュニケーションプラザ(静岡県磐田市/ヤマハ発動機本社隣接)
※本記事中の写真は許可を得て撮影しています

【画像】細部まで美しい!! ヤマハのバイク第1号「YA-1」を画像で見る(16枚)

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Writer: 柴田直行

カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員

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