家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅 信長・徳川vs浅井・朝倉 決戦の地「姉川の戦い」の舞台へ

「姉川古戦場」から姉川に掛かる野村橋を望む
激戦地とされる橋のたもとには解説板が設置されている。1570年6月28日の戦で亡くなった武者を弔う石碑も立つ
激戦地とされる橋のたもとには解説板が設置されている。1570年6月28日の戦で亡くなった武者を弔う石碑も立つ
家康が陣を敷いた「流岡(ながれおか)神社」(後に「上坂神社」に合祀された)は、織田信長が勝利を祈願したとの伝説が残されている
家康が陣を敷いた山は元々「岡山」と呼ばれていたが、戦に勝ったことに因み、「勝山(かつやま)」と呼ばれるようになったとか
樹齢1300年以上という異形の杉は、戦の矢によって枝が折れて枯れたと伝えられている
野村橋から少し離れた「姉川古戦場跡」にも石碑がある
「姉川古戦場跡」の解説板には、朝倉義景の家臣、真柄十郎左衛門直隆(まがらじゅうろうさえもんなおたか)の大太刀原寸大の模型がある。身長2mもある豪傑だったとされる人物
「姉川古戦場跡」の解説板には、朝倉義景の家臣、真柄十郎左衛門直隆(まがらじゅうろうさえもんなおたか)の大太刀原寸大の模型がある。身長2mもある豪傑だったとされる人物
夕暮れ前に到着した「姉川古戦場」には大きな赤い看板が設置され、遠くから視界に入り探しやすかった
姉川合戦の布陣が描かれた図。家康は西に布陣して朝倉軍と対峙して勝利し、さらに窮地に陥った信長を救援する活躍ぶりが語り継がれている
家康が陣を敷いた山は元々「岡山」と呼ばれていたが、戦に勝ったことに因み、「勝山(かつやま)」と呼ばれるようになったとか
カラスが鳴く夕暮れ、樹齢1300年以上という異形の杉を思わず見上げた。戦勝を祈願したとも言われ、また戦の矢によって枝が折れて枯れたとも伝えられている

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