ライムグリーンのトラクターと年老いた農夫が主人公のカワサキ「New Ninja」海外CM ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.26~
年老いた農夫が運転するライムグリーンのトラクターの横をあっという間に影が追い越して行く。速度取締機に写った画像は!?
一瞬でトラクターの横を通り過ぎる新型Ninja、その時農夫は?
小生、CM製作の「ドライビングディレクター」を拝命している関係もあり、世界のテレビCMには、ただならぬ興味がある。そんな特異な仕事を担うようになったのは、当時のレクサスからの要望で、「走りのプロが観てもどこにも落ち度がないCMを……」という依頼が発端だった。
たしかに、自動車メーカーが制作するCMは、門外漢のクリエイティブチームが担うものが多く、専門家がみると、プッと吹き出してしまうような陳腐なシーンが少なくなかった。「その走り、素人にはかっこ良く思えるのかもしれないけれど、ありえないでしょ」ってことが多く、鼻で笑われていることを嫌ったのである。
そんなだから僕も世界のメーカーが制作するCMに積極的に目を光らせている。敵情視察を怠ったことはない。
そんな中、カワサキのCMは秀逸だった。多くを語らず、一瞬の画を切り取ることで、すべてを表現してしまう。脱帽した記憶がある。
場面はドイツの片田舎。口ずさみたくなるようなアップテンポなBGMが響く。1台の耕耘機がトコトコと公道を移動している。昼飯でも食いに行くのか、ヨレヨレの帽子を被った年老いた農夫が運転している。
エキゾーストノートが響く。高性能バイクが高速で迫り来る気配だ。そして黒い影が、シュッと耕運機をかすめる。
およそ1秒後、何かがかすめたことに気づいた農夫が、「いま何か通りすぎましたかね」という表情で振り返る。すると、カシャ。速度取り締まり用カメラのシャッターが切れた。
映っていたのは、怪訝(けげん)な顔で振り返る農夫と耕耘機だ。速度取締機の反応よりも速き駆け抜けたバイクの姿は、もうそこにはない。
「速度263lm/h」
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。