ATエンジンで優勝!? しかも全日本モトクロスで!? ホンダ執念の開発は「RC250MA」で成った
1991年に全日本モトクロスチャンピオンを獲得したホンダ「RC250MA」は、「HFT」オートマチックトランスミッションを採用していました。その実績はのちの「DCT」や「Eクラッチ」に続く、ホンダの二輪車用ATへの夢と執念の結実でした。
苦難はレースシーンでの成功で報われた
2025年のバイク業界の注目キーワードとなりそうなのが、電子制御の自動変速です。自動変速(またはクラッチアシスト)のバイクは国内外のメーカーから登場しており、2025年はツーリングシーンでも多くの自動変速バイクを見かけることになるかも知れません。

ここに紹介するホンダ「RC250MA」(1991年型)は、クラッチレバーは付いてますが、自動変速機能のモトクロスレース専用マシンです。レース用のエンジンは2輪4輪問わずマニュアルトランスミッション(MT)が常識ですが、「RC250MA」がオートマチック(AT)を採用した背景には、ホンダの長年の夢とも言える技術革新のストーリーがありました。
ホンダが創業期の1949年に発売した「ドリームD型」は、同社最初の本格的バイクですが、クラッチ操作の必要がない2段変速車でした。以来、簡便な操作を実現するクラッチ操作の自動化や自動変速機を開発し、排気量50ccから1800ccまで、さまざま車種に採用しています。
スクーターには「Vマチック」と呼ばれるベルト式の無段変速機が採用されており、「スーパーカブ」の「自動遠心クラッチ」もお馴染みです。大型バイクには「DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)」というギアのある自動変速機が多くの車種に採用されています。
ここまで自動変速にこだわっているバイクメーカーは、他にはありません。
「RC250MA」が採用した「HFT(ヒューマン・フレンドリー・トランスミッション)」は、油圧駆動式の無段変速です。そのルーツはイタリアのバダリーニ社のHMTと呼ばれる無段階変速機で、この特許権を取得して独自の改良を加え、「HRD」(社名であるホンダR&D)と命名して1962年にスクーターの「ジュノオM85」に採用します。
しかしHRDはその複雑な構造ゆえ、変速ユニットだけで車体の1/3ほどもある大きさでした。さらに当初の予定ほど伝達効率を上げることができず、HRDはお蔵入り状態になります。

時は流れて1980年代、ボーイスカウトのイベントでの出来事です。ホンダが用意した「XR80」でオフロードライディングを楽しむはずが、あいにくのドロドロ路面で初心者の参加者はスタック続出でした。
それを見ていたホンダの創業者である本田宗一郎は「バダリーニ(=HRD)でオフロード車を作ればリアタイヤが滑らなくて良いのでは」と助言します。
そのひと言により、1985年に「HRD」は「HFT」と名称をあらため、研究と開発が再開しました。
しかしモトクロス用バイクに搭載するためには小型化や伝達効率のアップなど課題が多く、レース用の性能を持ったHFTのメカニズム自体の開発に2年間、そして実戦想定の変速特性やフィーリングを決定するまでにさらに3年間が必要でした。
HFTはエンジン回転で油圧ポンプピストンを作動し、ピストンが板の傾きで滑ることによって駆動力を伝達します。その板の傾きで変速レシオやトルクを変化させる仕組みですが、その際の油圧は40000kPa(普通のエンジン油圧の約100倍)にも及びます。
開発と言っても、レース用HFTは構造の手本や論文など無く、誰も歩いたことのない手探りの険しい道のりです。エンジニアの皆さんの執念と言うべき努力によって完成します。
HFTはギアそのものが無いので変速時のショックが無く、シフト時も駆動力が途切れません。段の無い、まさしく無段変速という理想的な変速機です。

ロードレースや一般公道用では、エンジン回転上昇とともにスピードアップします。さらに「シフトアップ→吹け上がり」を繰り替えして速度を上げていきます。
一方モトクロスは、速度を上げようとしても重たい泥土路面をタイヤがかき回しながら駆動しています。当時のプロモトクロスレーサーの走りを簡単に説明すると、アクセル全開でパワーやトルクが路面抵抗と吊り合っているエンジン回転数で引っ張り続けながら走っている感じです。
吹け切っているからとシフトアップすると、トルク不足で減速する事もあるので、パワーやトルクが出ているエンジン回転数をキープしながら、どこからでも無段階でスピードアップできる(しかも駆動力が途切れない)HFTは、モトクロスに適していたと言えるでしょう。
ライダーのスキルによってはMT車の「後輪が滑らないようにあえて1速上のギアを選ぶ」というテクニックもありますが、HFTは後輪へのトルク変動が少ないので、もともと滑りにくい特性もありました。
実際のコースには低速コーナーやジャンプ、下り坂など、AT車には難しいギアレシオやシフトパターンもありましたが、開発を進めるにしたがって全日本選手権でも活躍できるマシンに仕上がっていきます。
「RC250MA」は1990年の全日本モトクロス選手権でデビューしました。チームHRCから参戦し、大塚忠和選手のライディングで2回の2位入賞と、ランキング7位を獲得します。
続く1991年には、進化した「RC250MA」が登場します。車体に関しては当時世界トップレベルのホンダのファクトリーマシンをさらに軽量化した「RC250MA」専用のアルミ+鉄のハイブリッドフレームでした。
2023年にホンダコレクションホールに展示されていた1991年型「RC250MA」は、当時最も勢いのあった若手の宮内隆行選手に託されたマシンです。宮内選手はHFTを見事に乗りこなし、シーズン最多勝で全日本チャンピオンに輝いています。
HFTは当初の目標を達成し、変速装置に関する競技規則の変更などもあり、「RC250MA」のレース活動は1991年が最後となっています。

その後HFTは、「NSR250R」や「GL1500」などに搭載されてテストを繰り返しましたが、0.1ミクロン単位の加工精度やコストなどのハードルが高く、いずれも市販には至りません。
工作機械や生産のレベルが追いつき、HFT搭載車が市販されたのは2000年の輸出用4輪バギーからでした。市販バイクでは2008年発売の「DN-01」だけがHFTを採用するに留まっています。
また2010年にはDCTを搭載した「VFR1200F」、2012年には「NC700X」などが登場し、ホンダの自動変速システムはDCTとともに進歩していきます。
当時のレース専門誌によると、HFT搭載の市販モトクロッサーは完成に近い所まで開発が進んでいたが、「もしも市販するなら120万円を超える」という価格が理由で上市を断念しています。
ちなみに、1991年に発売されたMTエンジンの市販車「CR250R」が51万9000円で、2008年発売のHFT搭載「DN-01」は123万9000円、2018年発売の「CRF450L」は129万6000円です。
どんな形になるかは分かりませんが、再び進化したHFTに出会える可能性はゼロではない、と言えるのではないでしょうか。
■ホンダ「RC250MA」(1991年型)主要諸元
エンジン種類:水冷2ストローク単気筒ピストンリードバルブ
総排気量:249cc
最高出力:51PS/8250rpm
始動方式:キック
車両重量:101.8kg(乾燥)
フレーム形式:セミダブルクレードル(アルミ+鉄ハイブリッド)
【取材協力】
ホンダコレクションホール(栃木県/モビリティリゾートもてぎ内)
※2023年12月以前に撮影
Writer: 柴田直行
カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員