もはや珍しい「ル・マン式スタート」 じつは公道レースのマン島TTでも採用されていた!?
鈴鹿8耐で採用されている、いまとなっては珍しい「ル・マン式スタート」をご紹介します。
そもそも2輪には不向きなスタート方式?
劇的な幕切れとなった2019年の鈴鹿8耐。8耐と言えば、独特なスタート方式「ル・マン式スタート」が風物詩となっています。
ル・マン式スタートとは、マシンをグランドスタンド側に向けてコースに沿って一列に並べ、ライダーはコースの反対側からコースを横断してマシンに駆け寄ってまたがりスタートするという方式。
もともとは市販車の使い勝手も含めて検証するという意味で、4輪レースから始まったと言われるル・マン式スタートですが、バイクの場合、またがるときにバイクを倒してしまったり、エンジンストールしやすかったり、スタート時に他車と接触しやすいなどデメリットも多く、すでにル・マン24時間耐久レースでは用いられていないスタート方式です。
鈴鹿8耐の場合は、またがってからセルスターターでエンジンをかけることになっています。午前11時30分のスタートに向けて場内アナウンスではカウントダウンが始まり、「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……」ののち、ライダーがマシンに駆け寄るまでのほんの数秒は静寂に包まれます。そこから一斉にエンジンに火が入って怒濤のスタートとなります。
毎度のことながらスタートシーンで鳥肌が立つほどの感動を覚えるのは、普通のスプリントレースのようにレッドシグナルオフからスタートという方式よりも、儀式的な時間の間が感性を震わせるのかもしれません。
エンタメ要素も含む「ル・マン式スタート」
世界的にも珍しくなったル・マン式スタートですが、じつは世界最古の公道レースとして知られる、マン島TTレースでも行なわれていたことがあります。
マン島TTレースは1周60kmもの公道を周回するため、レース創設当時の1907年から現在まで、基本的には1台ずつ、10秒ごとにスタートする「タイムトライアル」方式のレースとして行なわれています。
そんなTTにル・マン式スタートが導入されたのは1967年のこと。プロダクション750、500、250の各クラスで行なわれました。
この頃はイギリス製のモーターサイクル、たとえばBSAやトライアンフ、ノートンのシェアが伸びてきた時代で、市販車としての性能を比べる目的と、興行的に“耐久レース風”のスタート方式を採用したと考えられます。
また、1975年のプロダクション1000、500、250でもル・マン式スタートが行なわれました。当時は「ル・マン耐久レース」を筆頭に耐久レース人気が高まってきた時代であり、常に目新しさを求めるTTならではのエピソードです。
驚くべきことに、この3クラスは3ウェーブスタート(まず500クラスがスタート、8分後に1000クラスが、さらに6分後に250がスタート)で行われました。
TTは公道を閉鎖して行われる公道レースです。片側1車線、合計2車線分しかない道幅で3クラスが順繰りにル・マン式でスタートするというのは、多いに混乱したであろうことは想像に難くありません。
しかも、通常TTは1周60kmのコースをクラスによって4周から6周するのですが、このときのプロダクションクラスは1000と500が10周、250が9周という長さ。いくら世界的に耐久レースが流行りつつあったからといって、無理があろうというもの。
結局、マン島TTレースにおけるル・マン式スタートは1975年を最後に行われなくなりました。
ル・マン式スタートは、なかなかスタート練習もできませんし、ライダーにとって難しいスタート方式かもしれませんが、ル・マン式スタートが醸し出す独特の雰囲気は鈴鹿8耐ならではです。安全に実施するのを前提に、いつまでも風物詩であってほしいと思います。
【了】
Writer: 小林ゆき(モーターサイクルジャーナリスト)
モーターサイクルジャーナリスト・ライダーとして、メディアへの出演や寄稿など精力的に活動中。バイクで日本一周、海外ツーリング経験も豊富。二輪専門誌「クラブマン」元編集部員。レースはライダーのほか、鈴鹿8耐ではチーム監督として参戦経験も。世界最古の公道バイクレース・マン島TTレースへは1996年から通い続けている。