自立も可能なヤマハ「トリシティ300」 使い勝手と走行性能の実力は?
2020年9月30日に発売された「トリシティ300」はヤマハのLMW(リーニング・マルチ・ホイール)の技術を投影した最新のモデルです。果たしてその走行性はどれほどのものなのでしょうか。自身もトリシティを所有するジャーナリストの伊丹孝裕さんが試乗します。
注目のスタンディングアシスト機能
ちょっとおかしな格好ゆえ、最初は二度見されがちだったヤマハの3輪スクーターが「トリシティ」です。まずはトリシティ125(2014年)が発売され、後に高速道路も走れるトリシティ155(2017年)が登場。警察署や交番に配備されるケースも増え、その見た目はすっかり違和感のないものになりました。
そんなトリシティシリーズに加わった最新モデルが、「トリシティ300」です。車名の通り、300cc(正確には292cc)のエンジンを搭載。単に排気量が大きくなっただけでなく、125や155にはない、新技術に注目が集まっています。
それが「スタンディングアシスト」と呼ばれる機構で、ごく簡単に言えば、地面に足を着いたり、スタンドを出さなくても停車していられる自立支援技術のことを言います。これによって、立ちゴケの不安が劇的に軽減。3輪ならではの安定感が最大限活かされることになりました。というわけで実際に走り、使ってみた印象をお届けしましょう。
スタンディングアシストは、次の条件で機能します。
1. 車速10km/h以下
2. スロットル全閉
3. エンジン回転2000rpm以下
この3つが揃った時、ハンドル左側のスイッチを押すと「ピー」という電子音とともに車体が固定され、左右に倒れなくなるというものです。
車体が傾いた状態で作動させると、その角度で固定されてしまうため注意が必要ですが、直立状態ならステップボードに足を乗せたままで停止していることが可能。走り出す時はもう一度スイッチを押すか、スロットルONで固定が解除されるという仕組みです。
例えば前方の信号が赤の時、停車させる寸前にスイッチを押して止まり、青になったらスロットルを開けて発進……という流れの中、うまくすると一度も足を着かずに運転することが可能なのです。
もっとも、ヤマハはこうした使い方を推奨しておらず、あくまでも足を着いた時の補助機能として開発したわけですが、慣れると便利そのもの。グラリときた瞬間の、あの嫌なヒヤリから解放されるため、誰にとっても大きなメリットになることは間違いありません。
試乗中、この機能に関して気になった点は既述のピー音です。なぜならこの音量がそこそこ大きく、交差点で待っている人や周囲のライダー&ドライバーが「なんの音?」的に視線をさまよわせることがしばしば。頻繁に作動させるのは、ややはばかられます。
スクリーンの高さはきになるものの、走行はスムーズそのもの
スタンディングアシストの電子音とは別に気になった点をもうひとつ報告しておきましょう。それがスクリーンの高さです。なぜなら、走行中はスクリーンの上部が視界に入り、これが微妙にわずらわしい。アクセサリーとしてスポーツスクリーンキットが設定されているのですが、機能パーツとしては低いため(ドレスアップパーツとしてはよさそうです)、高さ調整機構が付くといいのではないでしょうか。
あとは素晴らしくよくできています。車体は大柄で、実際重量は237kgもあるのに発進からの加速はスムーズそのもの。そのままグングンと車速を引き上げ、高速道路の巡行も難なくこなしてくれます。その領域では3輪らしく、ビシッと直進。車体に身体を預けておけば、粛々とどこまでも走っていけそうです。
その一方で、高いスポーツ性も確保されています。特にダイレクトなスロットルレスポンスは印象的で、微妙な開度でもタイムラグなくリヤタイヤが駆動。乗り手の操作に対してキビキビとエンジンが反応し、ちょっとしたスポーツバイクのように操ることができます。
特筆すべきは制動距離の短さと、その時の安定感でしょう。トリシティ300にはABSが備わっていることはもちろん、前後輪のブレーキ圧が自動的に最適化されるUBS(ユニファイドブレーキシステム)も装備。これはフロントブレーキを握れば前輪をメインにしつつ、後輪にもサブ的にブレーキ圧が配分され、リヤブレーキを握った時はその逆になる前後連動ブレーキの一種です。
これらの機能に3輪分の摩擦力が加わるわけですから、普通の2輪ではなかなか難しい急制動を実現。高い安全性に貢献してくれていることは間違いありません。
この他、LED照明付きの大容量トランクや12Vの電源ジャック、パーキングブレーキ、スマートキーといった利便性にも配慮。街乗りからツーリングまで活躍する、上質なオールラウンドスクーターに仕上がっています。
注目の新機能と優れた走行性を発揮するトリシティ300の価格(消費税込)は95万7000円です。
【了】
Writer: 伊丹孝裕
二輪専門誌「クラブマン」編集長を務めた後にフリーランスとなり、二輪誌を中心に編集・ライター、マシンやパーツのインプレッションを伝えるライダーとして活躍。鈴鹿8耐、マン島TT、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムといった国内外のレースにも参戦するなど、精力的に活動を続けている。