ヤマハ新型「MT-09」こだわり過ぎたかもしれない鋳造技術【ホイール編】

3気筒エンジンを搭載するヤマハの大型ネイキッドモデル「MT-09」は、2014年新登場から2021年型で3代目となり、その生産にはヤマハ独自の鋳造技術が採用されています。さらなる軽さと強さを実現した「スピンフォージドホイール」について紹介します。

3代目となった新型「MT-09」に採用されたヤマハ独自の鋳造技術とは?

 2014年にヤマハから新登場した直列3気筒エンジンを搭載するネイキッドモデルが「MT-09」です。2017年には2代目へ進化し、すべてを刷新した3代目を2020年に発表。ヨーロッパではすでにリリースが始まっています。

ヤマハコミュニケーションプラザには、間もなく日本へも導入される最新型の「MT-09」(2021年型)が展示されている

 日本国内でのリリースもそう遠くはないでしょう。事実、様々なモデルが一堂に会するヤマハのコミュニケーションプラザ(静岡県磐田市)には、すでに展示してあるとの噂を聞き、早速現場へ行ってきました。

 コミュニケーションプラザに入って真っすぐ進むと、すぐに新型「MT-09」(欧州仕様)を見つけることができます。グレーを主体としたボディに蛍光オレンジのホイールが組み合わせられ、抜群の存在感を発揮。そしてなにより、LED一灯のフロントマスクが凄みを効かせています。

 もちろんデザインだけが新型のトピックではありません。初代から2代目はビッグマイナーチェンジと言える内容でしたが、今回は車体もエンジンも完全に新設計となり、ヤマハとしても気合が違います。

 3気筒エンジンの排気量は846ccから890ccに引き上げられた一方、車体全体で4kgの軽量化に成功するなど、まったくの別モノへ生まれ変わっているのです。

 ホイールとメインフレーム、そしてエンジンには、ヤマハ独自の鋳造技術が盛り込まれ、それまでは不可能だった軽さと強さを実現しているとのこと。試乗はもう少し先のことになりそうなので、開発担当の方々にそのあたりの話をじっくり伺ってきました。

鋳造ホイールでありながら、鍛造に匹敵する強度と靭性

 新型「MT-09」の注目ポイントは、まずホイールです。「ヤマハスピンフォージドホイール」と名づけられたそれは、薄く、強く、それでいてしなやかな特性を目指したもの。従来モデルでは3.0mmだった厚み(リム部分)が2.0mmになり、重量も前後併せて700g軽くなっているそうです。

新型「MT-09」にはヤマハ独自の「YAMAHA SPINFORGED WHEEL」技術による量産の軽量ホイールが初めて採用されている

「フォージド」には「鍛造」という意味があるのですが、実際には溶けたアルミ合金を金型に流し込んで固める「鋳造」という製法が用いられています。

 では、なぜ鍛造という言葉が使われているのか? そのカギを握っているのが、「スピン」という言葉で、金型から取り出したホイールの原型をスピンさせる、つまり回すというひと手間が加えられているのです。

 この工程は壺の形を整える時のろくろをイメージしてもらうといいでしょう。粘土にくびれを付けるのと同様、回転しているホイールに円盤を押し当て、ホイールのリム部分を薄く引き伸ばしていくのです。もちろん、単に薄くしただけでは強度が落ちますが、その時に大きな圧力を掛けることによってアルミ合金の組織が変化。結果的に限りなく鍛造に近い性質になるそうです。

「YAMAHA SPINFORGED WHEEL」製造現場。鋳造ホイールでありながら鍛造ホイールに匹敵する強度と靭性のバランスを達成

 この技術は「フローフォーミング」とも呼ばれ、4輪ホイールでは以前から存在します。とはいえ、リムの幅が太く、車体に装着してしまえば外から見えない4輪とは異なり、2輪はリムもスポークも細く、さらには部位の大半が目に触れます。それゆえ、繊細な加工を要し、技術の転用が難しかったのです。本来なら最初の鋳造でほぼ完成させ、あとはバリ取り程度で済めば手間もコストも掛からないはずですが、ヤマハはバイクにとって重要な軽さを追求。それが2輪唯一のスピンフォージドホイールという製法の実現につながったのです。

 こうしたホイールの技術革新は、ヤマハにとって初めてのことではありません。そもそもバイク用ホイールをアルミ合金の鋳造で作るというアイデアを具体化したのがヤマハに他ならず、1978年に登場した「XS750」(1976年の初期モデルはワイヤースポーク)や「SR400/500」に採用されました。前例がなかったため、強度や耐久性を含めた新しい試験規格の構築にも関与。2輪界の安全性向上に大きく貢献したのです。

 近年では、2015年に登場した「YZF-R1/M」のマグネシウムダイキャストホイールも話題になりましたし、2019年には「ナイケン」のリアホイールが日本鋳造工学会の「キャスティング・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2輪を足元から支えているのです。

ヤマハのスーパースポーツモデル「YZF-R1M」に乗る筆者(伊丹孝裕)

 また、こうした製法には原材料の工夫も欠かせません。アルミ合金とはその名称の通り、様々な成分が合わさっています。アルミホイールの場合、およそ10種類前後の合金から成り、それらの比率をコンマ数%刻みで変えたり、加える熱も数度ずつ上下させて性能を出していくというから、なかなか気の遠くなる話です。

 ヤマハがそれをできるのは、社内で一括管理していることが挙げられます。というのも、ホイールはサプライヤーに委託しているメーカーが多い中、ヤマハは開発から設計、製造に至るまで、そのほとんどを内製で完結。自由度の高いモノ作りを可能にしているというわけです。

 ところで、そこまでこだわって「たった700g軽くなるだけなの?」と思う人もいるでしょう。しかしながら、高速で回転し続ける前後ホイールの700g差は絶大です。それを体感するため、疑似的なアクスルシャフトにホイールを装着し、それを回転させた状態で手に持たせてもらいました。

軽さによるハンドリングへの違いを疑似体験。回転する「YAMAHA SPINFORGED WHEEL」を傾けると、先代「MT-09」のホイールに比べて腕にかかる力は明らかに軽く感じられる

 コーナリングをイメージして左右に動かすとより顕著なのですが、スピンフォージドホイールが軽く傾けられるのに対し、先代「MT-09」のホイールにはズシリとした手応えがあり、大きく振るにはかなりの力を要します。ホイールを手で軽く回した程度ですから、実際のスピードに換算するとせいぜい20km/h程度のことでしょう。それなのにこれほどの違いがあるということは、高速域になればなるほど、ハンドリングに差が出ることが容易に想像されます。

 アフターパーツのホイールなら数十万円のコストが掛かるのは間違いなく、スピンフォージドホイールはメーカーが最初からチューニングパーツを組んでくれているようなもの。新型「MT-09」を目にした時は、まず足元をじっくり眺めてみてください。

 次回はフレームに関する情報をお届けします。

【了】

【画像】潜入!! 「YAMAHA SPINFORGED WHEEL」生産現場を見る(16枚)

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Writer: 伊丹孝裕

二輪専門誌「クラブマン」編集長を務めた後にフリーランスとなり、二輪誌を中心に編集・ライター、マシンやパーツのインプレッションを伝えるライダーとして活躍。鈴鹿8耐、マン島TT、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムといった国内外のレースにも参戦するなど、精力的に活動を続けている。

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