ヤマハ新型「MT-09」こだわり過ぎたかもしれない鋳造技術【シリンダーヘッド編】

3気筒エンジンを搭載するヤマハの大型ネイキッドモデル「MT-09」は、2014年新登場から2021年型で3代目となり、その生産にはヤマハ独自の鋳造技術が採用されています。複雑な中空構造のシリンダーヘッド成形について紹介します。

複雑な中空構造、精度の高い「中子」が欠かせない「低圧鋳造」とは?

 ヤマハの新型「MT-09」(2021年型)に投入された鋳造技術リポート、その第3弾です。ここまでは、ホイールを回転させながらリムを引き延ばす「スピンフォージドホイール」、そしてアルミを高速高圧で金型に流し込む「CFアルミダイキャストフレーム」を紹介してきたわけですが、今回はシリンダーヘッドにフォーカスしてみましょう。

ヤマハ新型「MT-09」(2021年型)※欧州仕様

 ひと口に鋳造と言っても、様々な方式があります。「MT-09」の場合、ホイールにはアルミそのものの自重を利用する「重力鋳造」、フレームには油圧で押し固める「高圧鋳造」が用いられています。

 シリンダーヘッドにはそのどちらでもない「低圧鋳造」を採用し、溶かしたアルミを空気圧やガス圧の力で金型に流しています。この方式は低圧でゆっくり注入するため、パーツ内部に鋳巣と呼ばれる空洞が発生しない、もしくは発生しづらい点にメリットがあります。炭酸をコップに勢いよく注ぐと大量の気泡が発生しますが、ああいう状態を防ぎ、組織の均一化が図れるのです。

 またもうひとつ、砂を固めた「中子(なかご)」との相性がよく、入り組んだパーツの成型に適している点がメリットとして挙げられます。言い方を変えると、パーツの形状が複雑になればなるほど中子が欠かせず、必然的に低圧鋳造に行き着くというわけです。

 この中子は、ヤマハでは「消える部品」と表現されています。なぜなら、鋳型としての役割を終えると、元の砂に戻されるからです。そのため、一般ユーザーの目に触れることはありません。身近なモノでは、鈴を想像すると良いでしょう。鈴を作る時は、砂の塊で空洞のスペースを確保しておき、その外側に金型を被せて成型。成型後に熱や振動で砂を崩し、まるでくり抜いたような形を残すのです。

シリンダーヘッドの成形には「低圧鋳造」方式を採用。その際に欠かせないのが「中子(なかご)」の存在(手前の黄色い物体)

 では、なぜ中子がシリンダーヘッドに使われるのか。それは主成分が砂という特性を活かし、形状をいかようにも変えられるからです。とくに近年のモデルは冷却用の水路が張り巡らされ、その設計がどんどん複雑になっています。冷却性能は燃費や排ガスにも大きく関わることもあり、中子なしではその要求を満たせなくなっているのです。

 水路以外にもカムシャフトやバルブ、駆動ギアなどを内包するシリンダーヘッドの繊細さは、一目見れば分かるでしょう。中子の精密さがシリンダーヘッドの精密さに直結すると言ってもよく、それを維持するため、中子を作るための金型の管理もシビアになっています。

 しかしながら、精度をより高めるには、中子そのものの検査精度も引き上げるべきという意見が出され、それを実現するためのアイデアを模索。結果として、非接触式のハンディスキャナーが新しく導入されることになったのです。

 中子の検査は以前から行なわれていたものの、その表面に針を沿わせて確認する接触式でした。現実には膨大な時間が掛かる上に、物理的に行き届かない場所もあり、その問題をスキャナーが解決してみせたのです。

中子は非接触式のハンディスキャナーによってその精度を検査する

 検査台に載せられた中子にスキャナーが発するレーザーを照射すると、3D化されたデータがリアルタイムでモニターに映し出されます。もし問題があれば、色の濃淡で示され、ものの数十秒で隅々までチェックが完了。スピードも正確さも格段に向上していることが容易に伺えました。

 ところで、取材中に気づいたことは女性の比率が多かったことです。その理由を聞くと「ここはモノを扱う時の丁寧さや集中力に加え、細やかな気づきが求められる部署です。そうした点を考慮して適正な人材を求めると、結果的に女性を登用する確率が高いように思います」ということでした。

 もちろん、こうした品質管理は完成品に対しても行なわれます。その時使用されるのが病院で見かける、いわゆるCTスキャナーです。人体を断層撮影するこの機械にシリンダーヘッドを通し、形状の異常や鋳巣の有無をひとつひとつ点検。現在は、その解析にAIが使われるようになったことが大きな変化です。

病院で見かけるCTスキャナーにシリンダーヘッドが並べられ、断層撮影により問題がある部位をチェック

 病院では、医者がCT画像を目視で診断し、問題のある部位や症状を特定していきます。シリンダーヘッドに関しても同様で、以前はモニターに流れてくる画像を担当者が1枚1枚チェック。その枚数は1日で1万枚にもおよび、かなりの労力と習熟を要する工程でした。

 ところがAIの解析技術が進んだ今は、大部分が自動化され、より高品質なパーツが、よりスピーディに送り出されるようになったというわけです。

※ ※ ※

 さて、というわけで3回に渡ってお届けしてきたヤマハの鋳造技術取材はこれにて終了です。新型「MT-09」に触れる機会があれば、ぜひともホイールとフレーム、シリンダーヘッドに目を向けてみてください。ヤマハならではのこだわりが感じられるはずです。

【了】

【画像】「消える部品」こそ高い精度が必要!? ヤマハの検査現場を見る(11枚)

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Writer: 伊丹孝裕

二輪専門誌「クラブマン」編集長を務めた後にフリーランスとなり、二輪誌を中心に編集・ライター、マシンやパーツのインプレッションを伝えるライダーとして活躍。鈴鹿8耐、マン島TT、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムといった国内外のレースにも参戦するなど、精力的に活動を続けている。

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