ブームは「レーサーレプリカ」から「ネイキッド」へ!! 多彩なラインナップで賑わった「250ccクラスの4気筒エンジン」モデル
1980年代末期に、徐々に終息していく「レーサーレプリカ」ブームとラップしつつ、盛り上がり始めた「ネイキッド」の波は、250ccクラスの4気筒エンジン車にも押し寄せます。パフォーマンス一辺倒ではない多彩なスタイルでバイクファンを魅了しました。
「ゼファー」から始まった「ネイキッド」ブーム
1980年代中頃から猛烈に盛り上がった「レーサーレプリカ」ですが、あまりの高性能化や車両価格の高騰に食傷気味となったライダーも少なくありませんでした。
そんなタイミングの1989年に登場したのが、カウリングを装備しないオーソドックスなスタイルに空冷4気筒エンジンを搭載したカワサキの「ゼファー(400)」で、発売と同時に大ヒットしました。そして時代は一気に「ネイキッド」ブームにシフトし、250ccクラスの4気筒も例外ではありません。
ちなみに、「ネイキッド(Naked)」は「裸」や「剥き出し」という意味です。じつは当時、「高性能ロードスポーツ=レーサーレプリカ」の図式があまりに強く、それに対するカウリングを装備しないスポーツバイクを指す「解りやすい呼称」として、ネイキッドという呼び名が登場し、バイクのジャンル名としても一般化しました。
多彩なネイキッドと独自のフルカウル車も揃えたスズキ
レーサーレプリカ以降に、最初に登場したカウリング非装備の250ccクラスの4気筒エンジン車が、スズキ「COBRA(コブラ)」です(1989年9月発売)。
「GSX-R250」のカウリングを剥がした、という意味ではまさにネイキッドですが、当時としては「GSX-R250のノンカウル仕様」と受け取られたようです。そのため人気はいまひとつで、一代限りで姿を消しました。
そしてスズキは半年後の1989年12月に「Bandit(バンディット)250」を発売します。4気筒エンジンは「GSX-R250R」がベースですが、独自のパイプフレームに美しい曲面の外装を組み合わせたスタイルは、新しい時代を感じさせました。

「バンディット250」は、アップハンドル仕様(1990年)やロケットカウル装備の「バンディット250リミテッド」(1991年)を追加してラインナップを拡充。1992年からは自主規制で最高出力を45psから40psにダウンしますが、毎年のようにカラーチェンジを重ね、低いコンチネンタルハンドル仕様や、ロケットカウル装備のリミテッドもリリースします。
そして1995年に可変バルブタイミング機構のVCエンジンを搭載する「バンディット250V」の追加と共に、従来型エンジン搭載モデルも合わせてフルモデルチェンジしました。
さらに1997年にミニカウル装備の「バンディット250VZ」を加え、「バンディット250」シリーズは1999年まで生産されました。
ここで忘れてはならないのが、「バンディット250」をベースに伝説的な「GSX1100S KATANA」を忠実に再現した「GSX250S KATANA」(1991年)でしょう。
低いセパレートハンドルやスクリーンはもちろん、水冷エンジンには空冷風の冷却フィンを設け、カムシャフトやバルブ径も変更するなど、非常に力が入ったモデルです。
そしてここでは場違いになりますが、250ccクラスの4気筒でレーサーレプリカ以外で唯一のフルカウルモデルが、スズキ「ACROSS(アクロス)」で、1990年に発売されました。通常の燃料タンク部分は容量25Lのトランクスペースで、燃料タンクはシート下に配置しています。
スタイル的には、現代的に見ればツアラータイプですが、荷物の積載など日常ユースにも適したカテゴライズ不可の万能スポーツバイクで、1999年まで生産された隠れたロングセラーモデルでした。
一代で終わったヤマハ……
非常に多彩なスズキに対して、ヤマハの250ccクラスの4気筒ネイキッドは、1991年発売の「Zeal(ジール)」のみです。
エンジンのベースは「FZR250R」ですが、最高出力は最初から40ps/12000rpmに抑えており、燃料タンクの前方にコンパクトなユーティリティボックスを装備するなど、日常での使いやすさを追求しています。

カラーチェンジして1992年も販売しましたが、それが最終モデルとなって以降、ヤマハで250ccクラスの4気筒エンジン車は販売されていません。
いまだ人気の高い「ホーネット」
ホンダは「CBR250R」で開発した独自のカムギアトレーン式の4気筒エンジンがベースの「JADE(ジェイド)」を1991年に発売しました。日常での低回転域で使いやすさを考慮したエンジンを、スチールパイプのダブルクレードルフレームに搭載しています。
翌1992年にはツートーンカラーや各部をバフやメッキで仕上げた豪華バージョンの「JADE/S(ジェイド・スラッシュ・エス)」を追加しますが、1993年はモデルを統合して最終型としました。
それから若干間が開きますが、1995年の東京モーターショーで「Hornet(ホーネット)」を発表します。エンジンはジェイドから続くカムギアトレーン式の4気筒ですが、何より目を引いたのは、当時の大排気量スーパースポーツ「CBR900RR」と同サイズの極太の前後タイヤ(前:130/70ZR17、後:180/55ZR17)と、シートカウル下に配置したアップタイプのマフラーで、まさに「ホーネット=スズメバチ」を体現するルックスでした。

そしてモーターショーとほとんど変わらないスタイルで1996年に発売され、大人気を博します。その後も専用色のスペシャルエディションやカラーチェンジを重ね、1999年には排出ガス規制に対応し、2000年にはカラーオーダープラン(燃料タンクなど外装パーツ×7色とホイール×4色の全28タイプ)を採用。
その後もサスペンションセッティングやシート形状の見直しなど細部の改良を重ね、2005年にはツートンカラーのデラックスを加え、2006年12月発売の最終型まで続きました。
カワサキは硬派の「バリオス」で勝負!
カワサキは1991年に「ZXR250」のエンジンがベースの「BALIUS(バリオス)」を発売します。こちらはかつての「Z1」などをオマージュしたスタイルで大人気を博した「ゼファー(400)」とは異なり、燃料タンクからシートカウルまで流れるようなオリジナルのスタイルを纏い、リアサスペンションはリンク式の1本ショックのユニトラックサスペンションを採用していました。
バリオスはカラーチェンジを重ね、1993年には自主規制で最高出力を45psから40psにダウン。その後もシート下に小物入れを増設したり、ハンドルスイッチや燃料計の追加など小変更を重ね、1996年まで生産されます。
そして1997年に「BALIUS-II」にフルモデルチェンジしますが、面白いのが、全体のスタイルは前モデルを踏襲しながら、なんとリアサスペンションをリンク式モノショックからオーソドックスな2本ショックに変更したのです。

スポーツバイクとして考えたらリンク式モノショックからツインショックへの変更は「?」ですが、ネイキッドモデルのスタイルとしては大いに「アリ」です。しかもシート下からサスペンションが無くなったことで、小物入れの容量を拡大してユーティリティを高めています。
その後は盗難抑止機構の強化や排出ガス規制の対応など小変更やカラーチェンジを重ね、2007年3月発売が最終モデルとなりました。
じつは2001年に合意したカワサキとスズキの業務提携により、「BALIUS-II」はOEM供給されて「GSX250FX」の名称でスズキから販売され、異なるのはカラーリングとスズキと車名のロゴだけです。
スズキは多種の250ccクラスの4気筒モデルを販売しましたが、「GSX250S KATANA」は1998年に、「バンディット250」シリーズと「アクロス」は1999年に生産終了しており、当時は250ccクラスの4気筒モデルが存在しませんでした。そこを埋めるためにOEM供給を受けたと思われます。
こうして「GSX250FX」は、2002年~2005年まで販売されました。
国産250ccクラスの4気筒エンジン車は、1983年に登場したスズキ「GS250FW」を皮切りにレーサーレプリカを経てネイキッド系は20年近く生産されますが、2007年に姿を消してからは長く空白が続きました。
そしてカワサキ「Ninja ZX-25R」が2020年に登場しましたが、ラインナップは増えていません。
あの250ccクラスの直列4気筒エンジンならではの超高回転・高周波サウンドを身近に楽しめる日が再びやってくれば、バイク市場はまた大きな賑わいを見せるのではないでしょうか……。
Writer: 伊藤康司
二輪専門誌『ライダースクラブ』に在籍した後(~2005年)、フリーランスの二輪ライターとして活動中。メカニズムに長け、旧車から最新テクノロジー、国内外を問わず広い守備範囲でバイクを探求。機械好きが高じてメンテナンスやカスタム、レストアにいそしみ、イベントレース等のメカニックも担当する。














