「長篠・設楽原の戦い」 信長の本陣跡は新東名のPAからも歩いて行ける!? 家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅

「長篠城」から5km半ほど手前の「極楽寺山」から「平井神社」にかけて本陣を置いた信長。その跡をスーパーカブで訪ねた
家康を最前線に置いた信長は、自らは「茶臼山」に本陣を移した。新東名「長篠設楽原PA」(下り)からも歩いて行ける本陣跡へ、バイクを停めて長い階段を歩いた
家康を最前線に置いた信長は、自らは「茶臼山」に本陣を移した。新東名「長篠設楽原PA」(下り)からも歩いて行ける本陣跡へ、バイクを停めて長い階段を歩いた
「織田信長戦地本陣跡」には看板やのぼりが立っていた。すぐ北側に羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)を従え、家康は最前線の「弾正山」に配置。自作の歌「きつねなく 声もうれしくきこゆなり 松風清き 茶臼山かね」を詠んだとされるが、戦場らしからぬ余裕ぶりに信長の恐ろしさが見えてくる
「織田信長戦地本陣跡」には看板やのぼりが立っていた。すぐ北側に羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)を従え、家康は最前線の「弾正山」に配置。自作の歌「きつねなく 声もうれしくきこゆなり 松風清き 茶臼山かね」を詠んだとされるが、戦場らしからぬ余裕ぶりに信長の恐ろしさが見えてくる
「織田信長戦地本陣跡」には看板やのぼりが立っていた。すぐ北側に羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)を従え、家康は最前線の「弾正山」に配置。自作の歌「きつねなく 声もうれしくきこゆなり 松風清き 茶臼山かね」を詠んだとされるが、戦場らしからぬ余裕ぶりに信長の恐ろしさが見えてくる
「茶臼山稲荷神社」として祀られている本陣跡。お参りをしてから本陣を後に
「茶臼山稲荷神社」として祀られている本陣跡。お参りをしてから本陣を後に
「長篠城」から5km半ほど手前の「極楽寺山」から「平井神社」にかけて本陣を置いた信長。その跡をスーパーカブで訪ねた
家康を最前線に置いた信長は、自らは「茶臼山」に本陣を移した。新東名「長篠設楽原PA」からも歩ける本陣跡へは、バイクを停めて長い階段を歩いた
「茶臼山稲荷神社」として祀られている本陣跡。お参りをしてから本陣を後にした
「織田信長戦地本陣跡」からの眺め。ひときわ高い位置から戦況を見下ろしていた信長の、絶大な権力と強さを感じさせる風景に思えた(写真右側に新東名下り線のPAがある)

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