上杉同士の死闘の舞台となった「七沢城」へ バイクで往く城跡巡り

「七沢城」だった場所は、現在はリハビリテーション病院が建つ。このエリアもかつては山城として扇谷上杉氏の管理下に置かれていたはずだ
「水汲沢(みずくさわ)」の解説板によると、七沢城主の七沢朝昌は1488年の戦で死んだと書かれているが、「実蒔原古戦場」の解説板ではその説を覆し、後に藤沢市の城を守備していたとしている。歴史は謎多い
「水汲沢」の解説板にあった城址の図
「水汲沢」の解説板にあった、1943年に撮影された写真。当時はまだ城跡の名残を残していたのかもしれない
「七沢城跡」はとくに整備はされておらず、道端に城址碑と解説板があるのみ
「七沢城址之碑」の隣には「七沢城」の歴史解説もあった。1562年に小田原北条氏がこの地方を攻撃して落城。その後、荒廃して山林を経て畑地になったと記されている
「七沢城址之碑」
鳥獣被害対策の電気柵の扉の開閉をしっかり行ない、山林を歩いてみた。草に覆われているが、山城らしいつづら折れの道が現れた
鳥獣被害対策の電気柵の扉の開閉をしっかり行ない、山林を歩いてみた。草に覆われているが、山城らしいつづら折れの道が現れた
草に行く手を阻まれながら慎重に歩き進める。散策から帰宅後、数カ所を山蛭に吸われていたことに気づく……
これ以上進むのは危険と判断して行き着いた場所には、尾根や平地も見えた
「七沢城址」からバイクで6分ほどのところにある「実蒔原古戦場」の跡地。周囲には田畑と民家しかないが、かつてここで激戦が繰り広げられた
バイクで「七沢城址」へ。かつて城の将兵が水を汲んだとされる「水汲沢(みずくさわ)」にて
山城の遺構を見るべく、草に行く手を阻まれながら慎重に歩き進める。散策から帰宅後、数カ所を山蛭に吸われていたことに気づく……
これ以上進むのは危険と判断して行き着いた場所には、尾根や平地も見えた
「七沢城址」からバイクで6分ほどのところにある「実蒔原古戦場」の跡地。周囲には田畑と民家しかないが、かつてここで激戦が繰り広げられた

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