てっぺんからは鳥取砂丘まで望める「鳥取城跡」 秀吉の兵糧攻めと巨大山城 「三ノ丸跡」に高校が!? バイクで往く城跡巡り

内堀に架かる「擬宝珠橋」は正面の復元大手門「中ノ御門」へと続き、城跡散策の入口となる
「擬宝珠橋」の先に構える、復元された大手門「中ノ御門」をくぐると石垣に囲まれた枡形が現れ、32万石の居城らしい威容を感じさせる
「擬宝珠橋」の先に構える、復元された大手門「中ノ御門」をくぐると石垣に囲まれた枡形が現れ、32万石の居城らしい威容を感じさせる
「擬宝珠橋」の先に構える、復元された大手門「中ノ御門」をくぐると石垣に囲まれた枡形が現れ、32万石の居城らしい威容を感じさせる
「擬宝珠橋」の先に構える、復元された大手門「中ノ御門」をくぐると石垣に囲まれた枡形が現れ、32万石の居城らしい威容を感じさせる
「三ノ丸跡」には鳥取県立鳥取西高等学校が建つ。平日の朝、生徒たちが石垣の間を通って登校する、歴史遺産と日常が共存する光景
「三ノ丸跡」には鳥取県立鳥取西高等学校が建つ。平日の朝、生徒たちが石垣の間を通って登校する、歴史遺産と日常が共存する光景
「天球丸」の球面状に膨らんだ「巻石垣」。崩落防止のために築き足されたもので、国内では他に例が確認されていない独特の遺構
「天球丸」の球面状に膨らんだ「巻石垣」。崩落防止のために築き足されたもので、国内では他に例が確認されていない独特の遺構
「二ノ丸」に残る「菱櫓跡」。かつて天守に代わる城の象徴として、城下を見下ろしていたという
「久松山」中腹に残る石切場跡。岩肌には石を割るクサビを打ち込んだ「矢穴」が残り、築城時の作業を今に伝えている
「久松山」中腹に残る石切場跡。岩肌には石を割るクサビを打ち込んだ「矢穴」が残り、築城時の作業を今に伝えている
「久松山」中腹に残る石切場跡。岩肌には石を割るクサビを打ち込んだ「矢穴」が残り、築城時の作業を今に伝えている
木の根や岩が露出する急坂を登る途中、木々の間に石垣らしき石積みを発見。疲労した体が一気によみがえり、再び足が前へ進んだ
木の根や岩が露出する急坂を登る途中、木々の間に石垣らしき石積みを発見。疲労した体が一気によみがえり、再び足が前へ進んだ
木の根や岩が露出する急坂を登る途中、木々の間に石垣らしき石積みを発見。疲労した体が一気によみがえり、再び足が前へ進んだ
「山上ノ丸」を目指す途中の九合目。山伏の井戸が残り、山頂まであとわずかと気持ちが高まる
「山上ノ丸」へ続く急な石段。落石注意の看板もあり、最後まで気を抜けない本格的な登城路だった
山頂には池田長吉が城内大改築の際に掘ったとされる車井戸の跡が残されていた。山城にとって大事な水場が確保されていたということだろう
標高263mという低山ながら、急登路面に手こずりなかなか難儀した。頂上から眺める鳥取砂丘や街並みの景色も感動的
標高263mという低山ながら、急登路面に手こずりなかなか難儀した。頂上から眺める鳥取砂丘や街並みの景色も感動的
標高263mという低山ながら、急登路面に手こずりなかなか難儀した。頂上から眺める鳥取砂丘や街並みの景色も感動的
下山後に改めて山頂を眺めると石垣が確認できた。まさに山城らしい威容
「久松山」を背に「鳥取城跡」入口に到着。城下町をホンダ「スーパーカブ」で軽快に走る
「天球丸」の球面状に膨らんだ「巻石垣」。崩落防止のために築き足されたもので、国内では他に例が確認されていない独特の遺構

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