むしろ「ちょい乗り」でこそ使うべき胸部プロテクター 死亡事故分析がライダーの“誤解”を警告!!
バイク事故の致命傷は、頭部と胸部の損傷がほとんどです。ダメージ軽減のためにはヘルメットで頭部を守るほか、胸部プロテクターの着用が効果的とされていますが、ほとんどのライダーが聞いたことのある注意喚起に、大きな誤解がありました。その効果は「ちょい乗り」の方が高い、という研究成果が発表されたのです。ライダーの常識を覆す結果です。
危険認知速度70km/h以下では、胸部ダメージの方が高い
公益財団法人「交通事故総合分析センター」(ITARDA)が、「二輪車における胸部損傷事故の特徴について~胸部プロテクターのすすめ~」という研究成果を公表しました。八木敏昭主任研究員が2024年10月11日、胸部損傷事故の特徴と被害軽減対策としての胸部プロテクターの効果を語りました。

バイク事故の被害軽減のためには頭部、胸部、腹部を守ることが重要です。この安全知識を疑うライダーはいないでしょうが、現実はどうでしょうか。ヘルメットの装着で頭部は守っているものの、そのほかの部分については“丸腰”と言ってもいい状態です。
ITARDA八木主任研究員の調査によると、2017~2022年の人身事故から算出した胸部プロテクターの着用率は平均4.2%で、排気量が小さくなるほど着用率は下がり、排気量251cc以上の小型二輪では14.6%だったものが、50cc以下では1.7%しかありませんでした。
大型バイクは高速道路を走る機会が多いから、という意識でプロテクターの装着を選択するのだと考えられます。排気量の小さなバイクを街乗りで利用する際にプロテクターの装着は邪魔だし、大げさだろうと考えた結果が反映された着用率だったのでしょう。
こうした着用実態があった上で、2013~2022年の10年間のバイク人身事故の分析から、二輪車乗車中の死者割合は上昇傾向にあることを警告し、死者数の損傷部位は「近い将来、胸部が頭部を上回る可能性がある」と予測しました。
2010年頃までの死者数は頭部損傷と胸部損傷の間に圧倒的な開きがありましたが、2017年に胸部の損傷が上昇して頭部損傷とほぼ同数になり、その後再び、頭部損傷が胸部損傷を上回るようになりますが、それぞれの死者数はどんどん近づいています。
重傷者の損傷部位はもっと明確に違っていて、「脚部」「腕部」の次に「胸部」「頭部」の順に多いという結果が出ています(重傷事故とは全治30日以上の状態)。
さらに、対象を死者・重傷者に絞り、損傷部位を胸部・頭部に限定して比較した結果を、八木氏は次のように分析しました。
「死者・重傷者については、胸部は頭部の約1.6倍だった」
死亡や重傷の損傷部位と、危険認知速度を重ね合わせると、さらに胸部保護の重要性がわかってきました。危険認知速度とは、当事者が事故発生を予見した瞬間、急ブレーキや急ハンドルなどの回避行動をとる直前の速度のことです。
「危険認知速度70km/h以下において、死者・重傷者割合は、頭部より胸部の方が高い」
八木氏の研究結果を言い換えると、高速道路より一般道の走行の方が、胸部損傷による死亡・重傷に至るケースが多いことを物語っています。
つまり、プロテクターを装着していたならば、一般道での死亡を重傷に、重傷を軽傷に、という軽減効果が見込めたことを示しています。
プロテクター着用と非着用で、明暗を分ける結果が
それでも原付バイクなどの小排気量バイクで胸部プロテクターを装着するのは面倒だ、というライダーに、八木氏は危険認知速度ごとに着用と非着用で死者割合と重傷者割合を比較して、こう結論付けました。
「死者割合において、着用により危険認知速度40km/h以下で着用の効果が見られる。重傷者割合においても、危険認知速度40km/h以下で着用の効果が見られる」(八木氏)

危険認知速度70km/h以上の事故では、ヘルメットやプロテクターを着用していたとしても、身体が事故の衝撃に耐えることが難しくなってきます。それが、同40km/h以下の場合には、胸部プロテクターの衝撃吸収力が効果的に作用するため、非着用よりも身体への損傷を軽減できるわけです。
ライダーの体感で速度40km/h以下は、けして速くはありませんが、八木氏は、危険認知速度40km/h以下をこう説明します。
「出会頭事故で胸部損傷している原付1種の死者数は、全体の98%が危険認知速度40km/h以下で発生しています。重傷事故では97.1%を占めます。ここに含まれた運転者が胸部プロテクターを装着することで、死者及び重傷者の削減の可能性が示唆されます」
危険認知速度40km/h以下で発生した死者と重傷者を、車種別にした割合は以下の通りです(死者割合・重傷者割合)。
■原付1種 98.0%・97.1%
■原付2種 56.9%・76.1%
■軽二輪 21.2%・61.4%
■小型二輪 10.6%・39.8%
衝突軽減ブレーキなど先進安全技術が進む四輪車と比較して、現状のバイクには乗員を技術で守る装備が充分ではありません。そのためライダー自らがヘルメットやプロテクターで被害軽減を図るしかありません。
四輪車乗車中との比較で「二輪車乗車中の死者割合は約3倍、死者・重傷者割合は約5倍」(八木氏)と、ライダーが装備で身を守る重要性を説きます。
なぜ胸部プロテクターの着用が重要なのか。八木氏は発表をこう締め括りました。
「バイク死亡・重傷事故は、バイクの前面で衝突することが多い。その場合、肋骨が折れて肺に突き刺さり呼吸困難に陥るなど二次的な要因で死に至ることが多く、胸部プロテクターの装着で、まずはそれを防ぐことができる。胸部プロテクターの着用率は少なく、着用率の向上で、死者と重傷者の削減の可能性は高い。万が一の事故に備えて、ちょい乗り時にも胸部プロテクターの着用を推奨したい」
胸部プロテクター着用の必要性を、実行に移す時かもしれません。
Writer: 中島みなみ
1963年生まれ。愛知県出身。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者を経て独立。行政からみた規制や交通問題を中心に執筆。著書に『実録 衝撃DVD!交通事故の瞬間―生死をわける“一瞬”』など。






