【バイクの不思議】アクセルを開けて加速するとリアが沈む? 沈まない?
「アクセルを開けて加速するとリアサスペンションがグーっと沈んで……」多くのライダーが感じているこのフィーリング、じつは錯覚です。アクセルを開けても、リアは沈まないのです!
まずはバイクの状態を整理
「アクセルを開けると、リアは沈む or 沈まない?」は、バイク雑誌やWEB記事でのライディングテクニック系の記事で(マニアックな層の中で)よく話題になっています。
が、この内容を論議する前に、「リア」に関する用語、と言うか表現を確認しておきましょう。じつはココの認識の仕方で、ずいぶんと受け止め方が変わってくるのです。
たとえば「リアが沈む」と言うときの「車体のリア」は、少々曖昧ですが車体の後半を指します。そしてここではリアショック(ユニット)やリアサスペンションを含まない方が、話がシンプルになると思います。

「リアショック」は、スプリングやダンパーを組み合わせたリアショックユニットのことです。画像は見えやすいようにカワサキの「W230」の2本ショックで解説していますが、近年主流の1本ショック(モノショック)のバイクの場合も、ショックユニットのみを指します。そして「リアが沈む=リアショックが縮む」という意味になります。
そして「リアサスペンション」は、ショックユニッだけでなくスイングアームも含みます。
さらにはスイングアームのピボット(車体への取り付け部)や、モノショックのリンク機構や、その取り付け部なども、リアサスペンションに含まれます。
そのため、「リアが沈む」はスイングアームが上方向にスイングして車体のリアが下がる(沈む)ことを指します。
まずはこの呼び方、と言うか表現を基準に、ライダーのフィーリングやバイクの構造と照らし合わせて考えてみます。
「沈まない」のに、「沈むように感じる」のはなぜ?
先に答えを言ってしまうと「アクセルを開けてもリアは沈みません」。じつはアクセルを開けて加速すると、フロントフォークが伸びて「前上がり」になるため、相対的にリアが沈んだように感じるだけなのです。

……と、言われても、実際に乗車してアクセルを開けた時のフィーリングとしては、やっぱり「リアが沈むように感じる」ので納得できないかもしれませんが、そこにもキチンと理由があります。
スロットルを開けて後輪に駆動力を与えると、その荷重で後輪が潰れるため、厳密に言えば潰れた分だけ「リア下がり」にはなります。
また加速Gによって、ライダーの身体は後方に「残される」感覚があり、実際にお尻はシートに押し付けられるので、ここでもリアが沈むように感じます。
とはいえ実際の「タイヤの潰れ+お尻のシートへの沈み」は、グーっと沈み込むほどの量ではなく、あくまでフィーリングの範疇です。
次にバイクの構造ですが、リアショック(ユニット)のみで考えると、アクセルを開けた際の荷重(エンジンの駆動力やライダーの体重)が加われば、当然ながら荷重を支えているスプリングが縮むように思いますが、これも間違いではありません。
にもかかわらず、アクセルを開けてもリアが沈まないのは「リアサスペンション」の構造が関係しているからです。
リアサスペンションの位置関係が重要!
リアサスペンションは、前述したようにスイングアームや、スイングアームピボット(車体への取り付け部)なども含みます。そこに後輪を駆動するためのエンジン側のドライブスプロケットの軸と、後輪のドリブンスプロケットの軸の配置を重ねると、スイングアームピボットを頂点とした(かなり平たい)三角形になっています。
じつは駆動の効率のみを考えると、ドライブ軸・ピボット・ドリブン軸は真っすぐ並んだ方が効率が良いハズですが、敢えて三角形にしているのは、アクセルを開けて後輪に駆動力がかかっときに、リアショックを縮まないようにするため、すなわち「リアが沈まない」ために必要だからです。

ちなみにこの三角形の位置関係を、専門用語で「アンチスクワット・アングル」と呼んでいます。「スクワット=沈む」に「反する」という意味の「アンチ」を加えているので、意訳すると「沈まない配置」といった感じでしょうか。
この3点の配置(三角形の形や角度など)は、バイクのジャンル(スーパースポーツかツアラーかなど)や、個々のバイクが狙ったハンドリングなどによって変わるので、どれが正解というものではありません。
ちなみに1970年代以前の日本製バイクの中には(レーシングマシンも含む)、3点の配置が一直線だったり逆三角形の場合もあり、ハンドリングに難があるバイクもあったそうです。
リアが沈まずに「踏ん張る」から、安全に曲がれる
ライダーのフィーリングとは裏腹に、現代のスポーツバイクはアクセルを開けてもリアは沈まない作りになっていますが、この仕組みは非常に重要です。
もしアクセルを開けた時にリアが沈む=リアショックが縮んでしまったら、それがカーブの立ち上がりで車体がまだバンクしている状態だとしたら、後輪には路面から離れる方向の力が働いてしまいます。
するとタイヤのグリップ力が損なわれ、ともすれば滑って転倒してしまいます。これはレースのようなハイスピードかつフルバンクに限らず、街中の交差点でも同じでです。
また、あくまで例えで推奨しているワケではありませんが、アクセルを開けてリアが沈んだら、ウイリーできません(リアショックがフルボトムしてからならできるかも)。レース映像でコーナーの立ち上がりでウイリーしているシーンを見ると、リアが沈んでいないことが確認できます。

というワケで、アクセルを開けてもリアは沈まない……と言うより、アクセルを開けるとアンチスクワットによってリアショックは荷重による沈み込みとバランスしてシッカリ踏ん張って、後輪を路面に押し付ける力が強まります。
これが、タイヤのグリップ力やカーブの立ち上がりでの旋回力を高める「トラクション」になるのです。
Writer: 伊藤康司
二輪専門誌『ライダースクラブ』に在籍した後(~2005年)、フリーランスの二輪ライターとして活動中。メカニズムに長け、旧車から最新テクノロジー、国内外を問わず広い守備範囲でバイクを探求。機械好きが高じてメンテナンスやカスタム、レストアにいそしみ、イベントレース等のメカニックも担当する。






