空冷4気筒で「走り感」を追求!? ヤマハ「XJR400」“クラス最速”と呼ばれたロングセラーモデル 王道ネイキッドスポーツ独自の開発とは?
1990年代に入るとバイクの流行はカウル付き全盛から400ccクラスのネイキッドスポーツへ移行し、1993年に登場したヤマハ「XJR400」は馬力規制の中で「空冷最速」をキーワードに「走り感」を追求しました。
ネイキッドスポーツの決定版!?
1993年に登場したヤマハ「XJR400」は、空冷4気筒エンジンを搭載する400ccクラスのネイキッドスポーツです。
ヤマハが400ccクラスに4気筒エンジン車を投入したのは1980年の「XJ400」で、当時はバイクメーカー各社とも新車発売ごとに性能が向上していく過渡期の時代でした。
各社の400ccクラス4気筒エンジン車は空冷から水冷へ、そしてレーサーレプリカブームへと突入しますが、1989年にカワサキ「ゼファー400」の発売をきっかけにネイキッドスポーツが再注目されます。
人気が拡大する市場の動向をじっくり観察した上で、ヤマハの開発陣が思うヤマハらしい400ccクラスの4気筒エンジン車をデビューさせ、ライバル車が出揃いました。

空冷ながらショートストロークのDOHCエンジンは各気筒4バルブで、優れた吸気効率と各種電子制御に加え、大型オイルクーラーまで装備してクラス最速に相応しい仕上がりとなっています。
当時販売された新車にはメーカーによる最高出力の自主規制値が設けられており、400ccクラスは53psと定められていました。またストリートメインのネイキッドスポーツなので、レーサーレプリカのような絞り出すようなエンジン特性は不要でした。
ヤマハ開発陣はその中で最高出力数値に現れない「走り感」を作り出す重要性を感じていましたが、それはテストライダーそれぞれの感覚的な「言葉」で表現されていました。
そこでヤマハは「走り感」を定量化(数値化)し、さらに視覚化するというプロジェクトに挑戦します。
まずは開発に適した用語を収集し、開発スタッフの共通するイメージから「評価用語」を用意しました(実際にはこのプロセスは多くのステップがあり複雑だった)。
例えば、「吹き上がりのパワー感」や「エンジン回転上昇時の軽さ感」、「発進のスムースさ」や「上り坂でのトルクの厚み」など、18項目の評価用語から「レスポンス」、「トルク」、「ライト」、「パワー」、「スムース」の5つの指標が導き出されます(これも実際には評価者の個人差を補正する複雑な数式があった)。
これを5角形の図形にし、ライバル車と比較すると「走り感」の違いが図形の違いによって視覚化され、「低速で粘り、力強いバイク」はこの形、「強烈なパワーを感じるバイク」はこの形、「馬力が足りないバイク」はこの形、という具合に視覚化していきます。

「XJR400」の開発時には「走りの楽しさ」を定量化し、目標図形を設定しました。ところが試作車で走ってみると「ライト」と「パワー」が足りていないことが視覚的に共有されます。「ライト」は加速時や回転上昇の軽さ感で、「パワー」は体感パワーとなります。
馬力規制がある中で、「パワー」は6000rpm付近でトルク谷があるエンジン特性によって、「ライト」は点火制御やキャブレターセッティングで向上し、目標通りの図形と「走り感」を作り込むことができました。
またエンジンのみならず、「XJR400」はハンドリングやブレーキも高い評価を受け、400ccクラスの空冷4気筒エンジン車最速と言われ、2008年に排気ガス規制の影響で生産を終了するまでロングセラーの人気車種となりました。
1993年に発売された「XJR400」は細かい仕様変更を行いながら、1994年にはオーリンズ製リアショックを標準装備した「XJR400S」を限定販売し、1995年にはブレンボ製ブレーキキャリパーを装備した「XJR400R」も追加設定しています。
ヤマハ「XJR400」(1993年型)の当時の販売価格は57万9000円です(撮影車両は1995年型の標準仕様)。
■ヤマハ「XJR400」(1993年型)主要諸元
エンジン形式:空冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ
総排気量:399cc
最高出力:53.0ps/11000rpm
最大トルク:3.6kgf・m/9500rpm
全長×全幅×全高:2075×735×1080mm
シート高:770mm
始動方式:セルフ式
燃料タンク容量:18L
車両重量:175kg
フレーム形式:ダブルクレードル
タイヤサイズ(前):110/70-17 54H
タイヤサイズ(後):150/70-17 69H
【取材協力】
ヤマハ・コミュニケーションプラザ(静岡県磐田市/ヤマハ発動機本社隣接)
※本記事中の写真は許可を得て撮影しています
Writer: 柴田直行
カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員












