家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅 「桶狭間の戦い」古戦場付近で見た今川家の姿とは

訪れた時は仮設となっていた「桶狭間古戦場観光案内所」。記念グッグの買い物や解説動画を見ることができる。駐車場も整備されている
訪れた時は仮設となっていた「桶狭間古戦場観光案内所」。記念グッグの買い物や解説動画を見ることができる。駐車場も整備されている
観光案内所前には漫画家原哲夫氏の「いくさの子 織田三郎信長伝」と名古屋市のコラボにより生まれた織田信長像が建つ
観光案内所前には漫画家原哲夫氏の「いくさの子 織田三郎信長伝」と名古屋市のコラボにより生まれた織田信長像が建つ
桶狭間古戦場(田楽坪)には、歴史をジオラマやARで知ることができる「桶狭間古戦場公園」がある
桶狭間古戦場(田楽坪)には、歴史をジオラマやARで知ることができる「桶狭間古戦場公園」がある
いまでは周囲を住宅で囲まれているが、昭和40年代までは「おけはざま山」「田楽坪」といった田畑地があり、そこが「桶狭間の戦い」の主戦場だった
今川義元本陣跡とされる「おけはざま山」には、「みやびあけぼの」という賃貸アパートが建っていた
今川義元の家臣、瀬名氏俊(せなうじとし)の約200名が先発隊として着陣した跡地「瀬名陣所跡(せなじんしょあと)」は、当時のトチの木林から竹林へ変わった際、地元の人からは「セナ薮」、「センノ藪」と呼ばれ偲ばれていたと言う
家康が通った道は現在でも使われていた。写真のバイクの進行方向は逆だが、戦いの前に家康は「大高城」へ兵糧を運び入れることに成功している
家康が通った道は現在でも使われていた。戦いの前に、家康は「大高城」へ兵糧を運び入れることに成功している
「戦評の松」は、今川方の将、瀬名氏俊がかつてここにあった松の根元に武将を集め、戦いの評議を行なったと伝えられている場所。現在は台風被害などを受けて枯死している
「戦評の松」は、今川方の将、瀬名氏俊がかつてここにあった松の根元に武将を集め、戦いの評議を行なったと伝えられている場所。現在は台風被害などを受けて枯死している
「戦評の松」は、今川方の将、瀬名氏俊がかつてここにあった松の根元に武将を集め、戦いの評議を行なったと伝えられている場所。現在は台風被害などを受けて枯死している
観光案内所でいただいたパンフレットなど。勝者の織田信長をフィーチャーしているのはもちろんだが、史跡を巡ると地元の今川への強い敬愛と悼みを感じた
訪れた時は仮設となっていた「桶狭間古戦場観光案内所」。駐車場も整備され徒歩で各所を散策することが出来る
今川義元本陣跡とされる「おけはざま山」には、「みやびあけぼの」という賃貸アパートが建っていた
今川義元の家臣、瀬名氏俊(せなうじとし)の約200名が先発隊として着陣した跡地「瀬名陣所跡(せなじんしょあと)」。当時のトチの木林から竹林へ変わった際、地元の人からは「セナ薮」、「センノ藪」と呼ばれ偲ばれていたと言う
近隣にある「長福寺」は、今川義元到着の際は酒などを提供して労をねぎらったと伝えられている。境内には合戦供養塔、義元供養のための阿弥陀如来像もあるという

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