残る石垣も美しい迎賓機能を備えていた「鳥羽山城」へ 家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅

徳川家康とゆかりの深い「鳥羽山城」は、「二俣城」と合わせて機能していたと考えられている。城郭間は徒歩でも行けるくらい近い
解説板の縄張り図によると、腰曲輪(こしぐるわ:本丸より低い腰に当たる場所に設けた平場)はそのまま駐車場として機能している。大手道を通り、大手門へ向かう構造
本丸東側は景観重視で大型の石材を用いた石垣が残されている。西側は石垣の間詰に川原石を用いている
本丸東側にある石垣を眺めながら大手道を歩く。ほぼ加工されていない自然石を積み上げる「野面積み(のづらづみ)」も、優れた技術があるからこそ堅牢で美しい
2009年の発掘調査で、幅6mを超える大手道だったことが判明。これだけの大規模な道は同時代の城には珍しく、やはり迎賓館的な意味合いが濃かったものと思われる
本丸への正門に当たる大手門の跡。東から伸びる大手道に対して南向きに開いている「外枡形(そとますがた)」の構造をしている。大きめの石材を使い、立派に見せている
本丸への正門に当たる大手門の跡。東から伸びる大手道に対して南向きに開いている「外枡形(そとますがた)」の構造をしている。大きめの石材を使い、立派に見せている
「鳥羽山公園」として整備された本丸跡。眺望を楽しめる休憩展望台がある
「鳥羽山公園」として整備された本丸跡。眺望を楽しめる休憩展望台がある
本丸通用門も美しい石垣で支えられていた
本丸の北側には、大手門の裏手に当たる搦手門(からめてもん)の跡が残っている。こちらはいかにも質素な作り
本丸西側にはローラー滑り台が設けられている。全長20mで高低差は10m
国指定史跡の「鳥羽山城跡」は「二俣城」以上に詳しく解説されていた。ふたつの城それぞれの役割や歴史を知ることができる。また当時は城の間を二俣川が流れていたらしい
国指定史跡の「鳥羽山城跡」は「二俣城」以上に詳しく解説されていた。ふたつの城それぞれの役割や歴史を知ることができる。また当時は城の間を二俣川が流れていたらしい
1974年と1975年の発掘調査で明らかになった「枯山水(かれさんすい)庭園跡」。京都風の庭園と共通した作りで、石を組むことで滝や池のある風景を表現している
徳川家康とゆかりの深い「鳥羽山城」は、「二俣城」と合わせて機能していたと考えられている。城郭間は徒歩でも行けるくらい近い
本丸東側にある石垣を眺めながら大手道を歩く。ほぼ加工されていない自然石を積み上げる「野面積み(のづらづみ)」も、優れた技術があるからこそ堅牢で美しい
大手門の石垣の基部に、排水のための暗渠(あんきょ)の跡が残っている
1974年と1975年の発掘調査で明らかになった「枯山水(かれさんすい)庭園跡」。京都風の庭園と共通した作りで、石を組むことで滝や池のある風景を表現している

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