一夜城の伝説「穴太衆」による石垣が与えた衝撃とは 家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅

現地には詳しい解説板が複数あるので分かりやすい。たった82日間という短期間で作ったとはいえ、立派な天守閣を持った本格的な総石垣の城だった
現地には詳しい解説板が複数あるので分かりやすい。たった82日間という短期間で作ったとはいえ、立派な天守閣を持った本格的な総石垣の城だった
「馬屋曲輪(うまやくるわ)」だった二の丸の石垣は、築城当時の姿が保たれている。長さ67m、高さ最大6m、勾配60度という強固な石垣は「穴太衆」による「野面積み」
現在は芝生が植えられている二の丸には馬屋が置かれ、馬洗い場の湧き水もあったため「馬屋曲輪(うまやくるわ)」とも呼ばれている
「石垣山一夜城」は秀吉が築城した「肥前名護屋城(ひぜんなごやじょう)」との共通点が多いらしい。しかし、肥前名護屋城を普請した黒田官兵衛(くろだかんべい)、小西行長(こにしゆきなが)、加藤清正(かとうきよまさ)は「小田原合戦」に参加していないため、誰が設計したのかは謎とされている
本丸へ続く道はクランク状になっている。解説板のイラストと照らしわせると構造が分かりやすくて面白い
本丸へ続く道はクランク状になっている。解説板のイラストと照らしわせると構造が分かりやすくて面白い
「石垣山一夜城」に至るまでの道は、勾配がきついが散策道として整備されており、道中には参陣した武将の解説板が建てられている
「石垣山一夜城」に至るまでの道は、勾配がきついが散策道として整備されており、道中には参陣した武将の解説板が建てられている
スーパーカブで訪れた時は、彼岸花が咲いていた
多くの観光客が訪れる「石垣山一夜城」(石垣山城)。駐車場の目の前から、壮大な「野面積み」の石垣が存在感を放っていた
あらかた崩れてしまってはいるが、大小様々な不揃いの石が積まれていた様子が想像できる
「小田原城」の天守閣展望台から「石垣山一夜城」を眺めると、想像以上に山の存在感があり、そこに本格的な総石垣の城が突如現れたと思うと、北条側の恐怖心と焦りを感じずにはいられなかった(これはビビる!)
本丸から小田原の街を見下ろす。この景色を見ながら秀吉と家康が「関東の連れ小便」をしたと言われるが、果たして真実や如何に?

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