“信長不在”を突いた襲撃事件 京都「本圀寺の変」とはどんな出来事だったのか 『豊臣兄弟!』ゆかりの地をバイクで巡る旅

1971年に現在の京都山科に移転再興された。幕末にも殺傷事件、戦後も内紛などがあったという。要付関という総門をくぐると開運門が見えてくる
開運門の近くには本圀寺の歴史解説板や、加藤清正にまつわる話などを読むことができた
開運門の近くには本圀寺の歴史解説板や、加藤清正にまつわる話などを読むことができた
開運門の近くには本圀寺の歴史解説板や、加藤清正にまつわる話などを読むことができた
手水を守る龍は水を司る神様。色々な寺社を訪れるたびに、可愛らしい龍神を写真に収めたくなる
仁王門の前には脚の健康を願うわらじも奉納されていた。まさに健脚の神様
仁王門の前には脚の健康を願うわらじも奉納されていた。まさに健脚の神様
大本堂でお参りをした後、日静聖人(1345年に鎌倉から京都六条に移遷した際の第四祖)の顕彰碑と像を見学
大本堂でお参りをした後、日静聖人(1345年に鎌倉から京都六条に移遷した際の第四祖)の顕彰碑と像を見学
本師堂の隣には金運や財運のパワースポット、九頭龍銭洗弁財天がある
本師堂の隣には金運や財運のパワースポット、九頭龍銭洗弁財天がある
金色の鳥居が目を引く加藤清正を祀る場所。本堂背後にある清正廟は、加藤清正の娘の搖林(ようりん)尼が建立したもの
1595年に秀次(ひでつぐ)は秀吉に関白職を奪われ、切腹させられる。京都三条河原で一族ともに処刑される事件がある。この大梵鐘(だいぼんしょう)は秀次の母(大河ドラマ「豊臣兄弟!」では「とも」役として宮澤エマが演じる)が出家した後に寄進したものとのこと
「本圀寺」へ至る道は細いが、クルマでのアクセスも可能で駐車場も備わっていた。「開運門(通称:赤門)」の向こうに寺がある
金色の鳥居が目を引く加藤清正を祀る場所。本堂背後にある清正廟は、加藤清正の娘の搖林(ようりん)尼が建立したもの

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