41年続く鈴鹿8時間耐久レースの中で唯一無二の存在 サンダンス「デイトナウエポンII」が起こしたドラマとは

ラスト30分で起こった配線トラブル

 スプリントレースと同じペースで全長5.821kmの鈴鹿サーキットで周回を重ねる耐久レース中では当然のようにトラブルが起きました。スタートから2時間でエンジンとミッションを繋ぐプライマリーベルトがマフラーからの熱によって切れ、ライダーの匹田選手がコース脇を押してバイクをピットに運び、壊れたパーツを修理。サンダンスは1998年の灼熱の鈴鹿でレースを継続したのですが、ラスト30分で配線のトラブルによりヘッドライトが点灯せず、最後の最後でリタイヤの危機に直面します。ラストラップのレッドシグナルと同時にコースに復帰し、デイトナウエポンIIは無事チェッカーを受けることになったのですが、柴崎氏いわく、そこに至るまでは様々なドラマがあったとのことです。

シンクロフレックスという特殊な素材で製作されたプライマリーベルトはサンダンス・オリジナル。鈴鹿8耐での経験を活かし、当時から素材が変更されているとのこと

「今でこそベルトのトラブルなども対策済みなので問題はないんですけど、やはり8時間の耐久レースでは普段では考えられない思いがけないトラブルがありました。レース前に配線の不具合が見つかって、急遽、地元の電気屋さんから単線のものを借りて応急処置をしていたんですけど、なにせ8時間のレース。走行中の振動で配線が断線してしまったんですね。

 その時は“ラスト30分ならデイトナ用(スプリントレース用)のバッテリーを直接、繋げば走りきれる”って判断して作業したんですけど、マシンを修復している間にエンジンがオーバーヒートを起こして、今度はガソリンが落ちない。何せそれまで全開で走っていた空冷エンジンですから。しかもバッテリーの容量的には押しがけでエンジンを掛けるしかない。だからピットロードの端から端まで押しがけしたんですけど、オーバーヒートしているのでエンジンがかからない(苦笑)。しかも鈴鹿のピットって上り坂なんですよ(苦笑)。
 
 そこをボロボロになりながら必死にバイクを押して……自分としてはレースの最後に、このマシンを命に変えてでもコースに出さなければと思っていましたからね。でもエンジンが掛からなくて……悔しくて“この世に神も仏もないのか”ってバッテリーを思いっきり殴ったら、セルが回ってエンジンが掛かったんです(笑)。その時、最終ラップ前なのにピットのシグナルがレース終了を告げる“赤”に変わったんですけど、“まだ出れるじゃないか”って叫んで最後にライダーとマシンをコースに出したんです」。

「ピットロードを汗だくで歩いて、ボロボロの状態で自分のピットに帰る時、“よくやった”って声がどこからともなく聞こえてきたんです。ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの4大メーカーの人たちも拍手して迎えてくれて……あの時は素直に感動しましたね。鈴鹿の8時間耐久レースという同じ境遇に身を置いた人なら理解出来ると思いますけど、あの夏の過酷の条件の中、戦いきった者同士には、いわば戦友のような想いが自然に生まれるんだと思います。大メーカーの人も他のチームの人も最後まで諦めなかった人間に惜しみない拍手をしてくれて……それが8耐ですよ」。

厳しいレギュレーションの国際ロードレースで課せられたまさかのペナルティ

 周回数が規定に届かない112周だったものの、ゴールの花火が上がっている時にマシンがコースを走っていることに意味と責任があったと柴崎氏は語ります。

2006年に米国、フロリダ州のバトル・オブ・ツインに再挑戦した際のデイトナウエポンII。ヘッドライトやテールランプがレギュレーション上、必要となる鈴鹿8耐仕様と異なる装備が与えられている

「FIMのルールの中で戦っている世界戦ですよね。鈴鹿の8耐は。この厳しいレギュレーションの国際ロードレースの中でのレッドシグナル無視。それはあってはいけないことです。それで我々がピットに戻った時に事務局の人がピットに来て“本部の方からペナルティが出ました”と。その時は失格や今後の出場停止などを覚悟したんですけど、三人くらいで体を押さえつけられたと思ったら“ポンッ”って音が鳴って……“満場一致で『アタマからシャンパンでもかけとけ』ってペナルティになりました。お疲れ様でした”って事務局の人に言われてシャンパンをかけられた時は……泣かされましたね。シャンパンも目にしみるし、8時間の疲れもあるし。非常に人間味のあるペナルティでして……涙が止まらなかったです」と柴崎氏。

 水冷4気筒のレーシングマシンが主軸となり8時間の中で周回数と耐久性を競う世界最高峰の舞台……その中である意味、対極といえる空冷OHVのマシンで挑む行為は、やはり想像を絶するほどに過酷を極めたものだったとのことですが、挑戦することに意味があったと柴崎氏は語ります。

 2019年7月28日も、参加したチームの数だけドラマが起きるであろう鈴鹿8時間耐久レース……1998年にその戦場に挑んだハーレー・ダビッドソン「デイトナウエポンII」は、41年間の歴史を持つ“8耐”の中でも忘れられない存在といえるでしょう。

【了】

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Writer: 渡辺まこと

ハーレーや国産バイクなど、様々な車両をベースにアメリカン・テイストのカスタムを施した「CHOPPER」(チョッパー)をメインに扱う雑誌「CHOPPER Journal」(チョッパージャーナル)編集長。カスタム車に限らず、幅広いバイクに対して深い知識を持つベテラン編集者。

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