リアシートからの巧みなライディング? ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.53~
レーシングドライバーの筆者(木下隆之)から見ると、車体を傾けて旋回するバイクの動作には、自動車とは違った面白さや不思議なことがあると言います。
免許を取ったら下手になった? リアシートが得意な不思議な友人の話
バイクのリアシート(タンデムシート)でのライディングが、驚くほど上手い友人がいた。両親が反対していたこともあり、バイクの免許を持っていなかった。だからいつも誰かのリアシートに跨ってツーリングに出かけた。次第に、天才的な“リアシート乗り”になってしまったのだ。

友人はバイクのリアシートでも、けして怖がることがなかった。夜中に奥多摩までツーリングに行こうともなれば、たいがい競争が始まれるのは明らかなメンバーだったのに、それに身構えることなくヒョイっと誰かのリアシートに飛び乗るのだ。
夜中の楽しいツーリングがだんだんと盛り上がってくる。リアシート専門の友人は、躊躇するライダーの怯えを感じ取ると、さらに攻めろと積極的に誘導した。コーナーではステップが接地して火花を散らすまで倒し込もうとする。気おくれするのはむしろライダーの方で、リアシートで腰をずらして一気にバンクさせようとするから、つい反発してしまうが、それ以上に強く体重移動するから、やはりステップが火花を散らすことになるのだ。
「怖くないのか?」
僕(筆者:木下隆之)は友人にそう聞いたことがある。
「ビビりながらコーナーに飛び込む方が怖い」
そう言ってリアシードでダンスを踊るようにライディングするのである。それはまるでサーカスの曲芸師のようだった。巨大なゴムの玉の上で、寝転ろんだり宙返りをするように、体をくねらせた。小さなシートに腰を落とし、右に左に、着座位置をずらして踊った。ちょっと斜(はす)に構えるその姿は、祭りの山車の頂点で扇子を振るかのような華麗さがあった。けしてライダーにしがみつくことはない。それでよく落車しないものだと見ているこっちが気を揉むことも少なくなかった。
その華麗な体重移動はコーナリングに躍動感を与えた。いつしか、誰もが彼を乗せたがった。彼がリアシートでウエイトコントロールをすると、驚くほどバイクを手懐けることができたのだ。

友人が社会人になり、免許を取得した。自らバイクを転がし始めると、不思議なことを知った。ハンドルを握る彼のライディングは、何かに怯えるようにフラフラとしておぼつかないのである。
リアシートで輝く男。そんなことがあるからバイクは面白い。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。