あのレジェンドライダーたちが!? かつてないほどワクワクする新企画 50代5人の走りが若手ライダーを刺激する!!
自身もカワサキの2ストロークマシン「750SS」(マッハIV/H2)で旧車レースを楽しむライターの後藤武さんが、50代のレジェンドライダー5人が特別参戦する「SDGマスターズ50」についてレポートします。
若手に混じってレジェンドライダーが5人も参戦!!
全国のレースに出没して写真を撮影しているPOP近藤ですが、今回紹介する企画には、かつてないほどワクワクしていました。
2026年6月21日、茨城県の筑波サーキットで開催された「2026 MFJ全日本ロードレース選手権シリーズ第4戦 筑波大会」で、MFJカップJP-SPORT選手権第3戦が併催されたのですが、この中で50代のレジェンドライダー5人が特別参戦する「SDGマスターズ50」が行われたのです。
JP-SPORTは、ホンダ「CBR250RR」やヤマハ「YZF-R3」、カワサキ「Ninja ZX-25R」といった市販スポーツモデルをベースに競われるカテゴリーで、若手ライダーの参戦も多く、全日本ロードレース選手権の上位クラスを目指すためのステップアップの場として注目されています。
今回のSDGマスターズ50には、「ミスター・カワサキ」の愛称で知られる柳川明選手、スーパーバイク世界選手権で通算43勝を挙げた芳賀紀行選手、チーム監督としても第一線で活動する加賀山就臣選手、1990年代にSRSスガヤを支えた菊池健一郎選手、そして筑波を舞台に活躍した小林正義選手が参戦。いずれも50代ながら、若手と同じグリッドに並び、同じレースに挑むというのですから見逃すはずなどできようがありません。
この企画は往年の人気ライダーを集めた、懐かしさだけが目的ではありません。若手ライダーを支援し、JP-SPORTクラスそのものへの注目を高めることが大きな狙いです。
決勝で上位に入った22歳以下のライダー3人に特別賞金を贈る仕組みも用意されました。また、かつて世界選手権や全日本のトップカテゴリーで戦ったライダーたちが加わったことで、若手ライダーたちにとっては実戦のなかで経験を得る大きな機会となったことでしょう。

レースファンが驚いたのは、その豪華な顔ぶれです。
全日本JSB1000では2012年、2013年にシリーズランキング2位を獲得するなど、長年にわたってカワサキの顔として活躍してきた柳川選手はKRP SANYOKOGYO&RS-ITOHからカワサキ「Ninja ZX-25R」で出場。
スーパーバイク世界選手権で通算43勝を記録した芳賀選手は、Nitro Ryota Racingからヤマハ「YZF-R3」で参戦しました。国内公式レースへの出場は2016年の鈴鹿8時間耐久ロードレース以来、約10年ぶりで、筑波サーキットでのレース参戦は29年ぶりとのことです。
英国スーパーバイク選手権やスーパーバイク世界選手権で活躍し、現在はSDG DUCATI Team KAGAYAMAの監督として水野涼選手らを支えている加賀山選手は、Team KAGAYAMA .SDG. N-PLANからホンダ「CBR250RR」で出場。
菊池選手と小林選手は、ともに2436GO Fujimotodenki WORKMAN+からヤマハ「YZF-R3」でエントリーしました。

予選は雨が上がった直後のウエットコンディションで行われました。芳賀選手は序盤から速さを見せ、1分6秒821を記録してポールポジションを獲得。
加賀山選手もセッション終盤に1分7秒385を記録し、3番手でフロントロウを獲得しました。50代のレジェンド2人が、若手を相手に予選から存在感を示す展開となりました。
午後の決勝はドライコンディション。芳賀選手がホールショットを奪うと、第1ヘアピンでは栗原文太郎選手が首位に立ち、その後は市原一優選手を含めた3人による激しいトップ争いが繰り広げられました。
芳賀選手は5周目の最終コーナーでトップに立つなど、29年ぶりとは思えない走りを披露します。
しかし、終盤に勢いを見せたのは若手の市原選手でした。残り3周で2番手へ浮上すると、残り2周の攻防で芳賀選手をかわしてトップへ。最後まで首位を守り切り、見事な勝利を飾りました。
決勝結果は、市原選手が優勝、芳賀選手が2位、栗原選手が3位。加賀山選手は7位、柳川選手は20位でレースを終えています。

POP近藤が注目していのは芳賀選手です。まさか生でその走りを撮ることができるなんて思っていませんでした。走りは圧巻、手抜き無し。若干大人げないような感じもしましたが、芳賀選手を知る人たちに言わせると「もっと速く走れるんじゃないかな」とのこと。
加賀山選手は若手ライダーたちにレース運びや走りを教えようとしているような印象も受けました。柳川選手、菊池選手、小林選手は若手とのレースそのものを楽しんでいるような感じでした。
某有名ライダーがいたので感想をお聞きしてみたところ、「芳賀さん、速すぎでしょう」とかポツリ。芳賀選手の走りを観ていて感心したのは、ブレーキからのアプローチでした。ラインのとり方がとにかく上手。立ち上がりではらみすぎないし、競り合いになってもタイムが落ちないんです。どんなときも無理がないように見えました。
他のカメラマンは「芳賀選手はラインがコンパクトでコーナーでの他の選手との絡みが撮り辛かった。もっとペース上げられるんだろうな」と話していました。
レース後、加賀山さん達は、受け取った賞金をオフィシャルの人達に手渡していました。普段安全なレースのために頑張ってくれている裏方さん達への感謝の気持ちがあったからでしょう。
ライダーのトークショーやピットウォークをやっていたり、レーシングライダーの解説付きでレースを観戦するイベントなど、色々な人達がレースを盛り上げようとしている様子がとても印象的でした。
そしてPOP近藤を狂喜させたのは表彰式でした。今回のようなレジェンドライダーと若手が競い合う企画を、今後も継続していくというコメントがあったからです。
さらに今後、登場して欲しいライダーについて、ファンからのリクエストも受け付けていく方針だとか。
次回はどんなライダーがグリッドに戻ってくるのか。「SDGマスターズ50」は、筑波での初開催を終えた直後から、早くも次の展開が楽しでしかたありません。
柳川明選手(54歳)
鹿児島県出身。国内ロードレース界を代表するカワサキライダーで、「ミスター・カワサキ」の異名で知られる。

1988年にミニバイクレースへ本格参戦し、翌1989年にロードレースデビュー。1990年には宇川徹選手とのコンビで鈴鹿4時間耐久ロードレースを制し、その後は全日本ロードレース選手権のTT-F1、スーパーバイク、JSB1000で長く第一線を走った。
1997年からはスーパーバイク世界選手権に参戦し、日本人ライダーとして初めて、日本大会以外のレースで勝利を記録。2002年にはカワサキのMotoGPテストライダーを務め、2004年からはTeam GREENの主力として全日本JSB1000に復帰。JSB1000では2010年、2012年、2013年にシリーズランキング2位を獲得するなど、長年にわたってトップ争いを続けてきた。
現在もレース活動と並行し、九州を中心に一般ライダー向けのライディングスクールにも力を注いでいる。SDGマスターズ50ではRS-ITOHからカワサキNinja ZX-25Rで参戦した。
芳賀紀行選手(51歳)
スーパーバイク世界選手権で通算43勝を挙げた、日本を代表するワールドクラスのロードレーサー。

1996年にヤマハで全日本スーパーバイク選手権を制覇し、同年にはコーリン・エドワーズ選手とのペアで鈴鹿8時間耐久ロードレースも優勝。翌1997年から世界スーパーバイク選手権を主戦場とし、アグレッシブで迫力ある走りによって欧州でも大きな人気を獲得した。
世界選手権ではヤマハ、ドゥカティ、アプリリアなどを駆り、タイトル争いの常連として活躍。500ccクラスでは1998年日本GPで3位表彰台を獲得し、2001年にはヤマハからGP500にフル参戦。2003年にはアプリリアからMotoGPにも参戦した。
キャリアの中心はあくまでスーパーバイク世界選手権であり、そこで積み上げた43勝は日本人最多記録として知られる。
加賀山就臣選手(52歳)
世界を舞台に戦った経験と、チームオーナー・監督としての手腕を併せ持つライダー。

1990年、15歳でレース活動を開始し、18歳でスズキワークス入り。マシン開発にも携わりながら全日本ロードレース選手権を戦い、1997年には全日本GP250でシリーズ3位を獲得した。世界グランプリ250cc、500ccクラスにもスポット参戦し、いずれも6位入賞を記録している。
2003年からは英国スーパーバイク選手権へフル参戦し、2004年にはシリーズ3位を獲得。その後はスーパーバイク世界選手権へ参戦し、海外を拠点に活躍。
鈴鹿8時間耐久ロードレースでは2001年に3位、2004年に2位、2007年には秋吉耕佑選手とのコンビで優勝。2011年には自身のTeam KAGAYAMAを立ち上げ、ライダーとチーム代表を兼任しながら全日本ロードレースへ復帰した。
現在はSDG DUCATI Team KAGAYAMAを率い、水野涼選手ら若手ライダーの育成とトップカテゴリーでの戦いを支える。
菊池健一郎選手(58歳)
1990年代のロードレースブームを支えた、名門SRSスガヤ出身のスーパーノービスライダー。全日本ロードレース選手権では1991年のNA-F3クラスで、チーム・スガヤから参戦してシリーズ4位を獲得。SRSスガヤを支えた実力派として知られた。
近年もレースへの情熱は衰えず、JP250/JP-SPORTやST600などで走行を継続。若手を育てるチーム運営にも関わっている。
小林正義選手(56歳)
1990年代の筑波サーキットで名を馳せた、元国際A級ライダー。1987年にRZ125で筑波サーキットを走り始め、1990年にはSSフクシマのライダーとしてSP250に参戦。翌1991年はコシカワ八千代からSP250に出場し、筑波バトラックス3時間耐久ロードレースで優勝。同年のSP250シリーズチャンピオンを獲得した。
1993年はJhaレーシングから全日本GP250に参戦し、RS250R用キットパーツ開発にも携わった。
1996年をもって一旦現役を退いたが、2018年に22年ぶりのレース復帰を果たし、2024年にはJP250でクラス優勝。SDGマスターズ50では、かつてのライバルでもある菊池選手と同じ2436GO WORKMAN+ FujimotodenkiからYZF-R3で出場した。
(撮影=POP近藤)
Writer: 後藤武
クラブマン誌や航空雑誌の編集長を経て現在はバイク、食、飛行機などのライターと
して活動中。飛行機とヘリの免許を所持しエアレースのTV解説も担当していたことも。2スト、旧車、V8のアメ車など多数所有。













