雨の「足柄城址」はまさに雲の中の「霞城」!? バイクで往く城跡巡り

「足柄城址」入口には「足柄峠」の解説版が設置されていた。ここは静岡県小山町と神奈川県南足柄市との境にあり、軍事的にも重要だった場所
鎌倉政権と奥州藤原氏との間で行なわれた「奥州の乱」(1189年)に出兵した新羅三郎義光(しんらさぶろうよしみつ・源義光)が、自分が戦死するかもしれないと、笛の師匠の息子、豊原時秋(とよはらのときあき)に秘曲を伝授した際に座った石が残されている
「底知らずの池」「雨乞い池」と呼ばれる伝説の池。水は枯れていたが、奇しくも雨により大きな水たまりができていて、それらしい雰囲気に
「底知らずの池」「雨乞い池」と呼ばれる伝説の池。水は枯れていたが、奇しくも雨により大きな水たまりができていて、それらしい雰囲気に
「二の郭」の端には「蔵屋敷跡」と書かれた看板があった。確かに平場となっており、倉庫の役割も担っていたのかもしれない。この先は立入禁止となっている
文字がかすれて読みづらいが、広大な「一の郭」は霧雨のなかで霞がかかり、まさに「霞城」の姿を見られて、ある意味ラッキーだったのかもしれない
相模と駿河の二国間にある「足柄城」。毎年9月の第二日曜日は、神奈川県南足柄市と静岡県小山町の共催による「足柄峠笛まつり」が開催され、小学生による「領地争奪綱引き合戦」が行なわれる。勝者は次回の開催までこの広場を領地とするそうだ
「二の郭」と「三の郭」へ土橋を渡り歩みを進める。両郭の間には明確な空堀(からぼり)の跡が保存されていた。「四の郭」、「五の郭」へは足場が悪く、視界も良くなかったので断念
「二の郭」と「三の郭」へ土橋を渡り歩みを進める。両郭の間には明確な空堀(からぼり)の跡が保存されていた。「四の郭」、「五の郭」へは足場が悪く、視界も良くなかったので断念
雨に打たれながらたどり着いた「足柄峠」の「足柄城址」は、静岡県小山町と神奈川県南足柄市との境にあり、軍事的にも重要だった場所
広大な「一の郭」は、霧雨のなかで霞がかかっていた。まさに「霞城」の姿を見られて、ある意味ラッキーだったのかもしれない
「一の郭」と「二の郭」は土橋で繋げられていた。その間には堀切(ほりきり)と呼ばれる防御設備も見られる
「二の郭」と「三の郭」へ、土橋を渡り歩みを進める。両郭の間には明確な空堀(からぼり)の跡が保存されていた。「四の郭」、「五の郭」へは足場が悪く、視界も良くなかったので断念

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