家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅 運命を大きく変えた「桶狭間の戦い」の舞台とは

桶狭間を中心とした古戦場マップには、北西の「大高城」、それに対抗するように設置された「鷲巣砦」、「丸根砦」も描かれている。ここは家康が活躍した舞台だった
ARアプリで公園内のジオラマを動画解説付きで楽しむことができる。若き家康が活躍した「大高城」や「鷲津砦」、「丸根砦」も公園内に設定されている
ARアプリで公園内のジオラマを動画解説付きで楽しむことができる。若き家康が活躍した「大高城」や「鷲津砦」、「丸根砦」も公園内に設定されている
ARアプリで公園内のジオラマを動画解説付きで楽しむことができる。若き家康が活躍した「大高城」や「鷲津砦」、「丸根砦」も公園内に設定されている
毎月第2日曜日に史跡巡りを行っている模様。参加無料、ガイド付きとのこと
今川義元が戦地「田楽坪(でんがくつぼ)」の泉で水を飲むために馬を繋いだ木と言い伝えられている「ねずの木」。説明板で詳細を知ることができた
今川義元が戦地「田楽坪(でんがくつぼ)」の泉で水を飲むために馬を繋いだ木と言い伝えられている「ねずの木」。説明板で詳細を知ることができた
「義元公首洗いの泉」は、討ち死にした今川義元の首級(しるし)を洗った泉。1986年の区画整理まで清水が豊富に湧き出ていたとか
ホンダ「スーパーカブ」で「桶狭間古戦場公園」にやってきた。民家に囲まれた普通の公園に見えるが、ここは日本の歴史を大きく変えた桶狭間の古戦場
勝者の織田信長(左)と並ぶ今川義元の像(右)。むしろ信長よりも堂々としているようにも見える。勝者敗者関係なく地元に扱われているのは、地元と今川との良好な関係や、戦後の信長による敗兵に対する処置の影響も大きかったのかもしれない
「桶狭間の戦い」の足跡を示したマップ。歩いて回れる距離なので散策を楽しむ人も多いはず。家康の軌跡も紹介されている
戦の後、信長の命令により今川義元をはじめ敗兵たちは丁寧に葬られたと言う。「駿公墓喝(すんこうぼけつ)」は1953年に発見されたもの。当時の村人が敗軍の将をひっそりと供養するために埋めていたと思われる

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