家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅 負けっぱなしじゃ終わらない!? その日のうちに夜襲、武田軍を「犀ヶ崖」に追い落とす!!

静岡県指定史跡の「犀ヶ崖」の周辺は、一部公園として整備されている
公園の入口に設置された解説板には幅30m、深さ10数mの絶壁と記載されているが、資料館の資料によると幅50m、深さは40mもあったという。地の利を持つ徳川にとって、格好の夜襲の場所となった
徳川四天王の1人、本多忠勝(ほんだただかつ)の叔父に当たる本多忠真(ほんだただざね)は、「三方ヶ原の戦い」からの撤退の際に殿(しんがり)として戦い、39歳にしてこの地で討死した(NHK大河ドラマ「どうする家康」では浪岡一喜さんが演じている)。その忠義を称え、後に碑が建立された
「犀ヶ崖資料館」では、解説動画のほか、歴史家の磯田通史氏監修のジオラマなど「三方ヶ原の戦い」の模様を学ぶことができる
「三方ヶ原の戦い」を再現したジオラマは、鶴翼(かくよく)の陣を敷いた家康軍の様子や、武田軍として戦った「六文銭」の真田軍なども見て取れる
「三方ヶ原の戦い」を再現したジオラマは、鶴翼(かくよく)の陣を敷いた家康軍の様子や、武田軍として戦った「六文銭」の真田軍なども見て取れる
家康を守るためにしんがりとして戦い討ち死にしていった武将の姿を再現。生ましい戦場の姿を今に伝える
ド派手な金のアゲハ蝶の旗指物(はたさしもの)を背負った大久保忠世は、「犀ヶ崖」で武田軍に一矢を報いた主要武将。緊迫した戦場には似つかわしくない格好だが、当時の武将達は武功を立てることを第一と考え、たとえそこで死んでも後世に伝わること、子孫に好影響を与えるなどの理由があったはず、と資料館のスタッフが教えてくれた
「家康公兜前立勝軍地蔵尊」は、家康が17歳の初陣の頃から必ず護持していたという。鎌倉時代から伝わる、戦に赴く武将の守護神
資料館のすぐ近くに、夏目次郎左衛門吉信(なつめじろうざえもんよしのぶ)の石碑が建っている。「三河一向一揆」で家康の寛大な処置で命を助けられた恩義を忘れず、家康の身代わりとして戦い、討死した。大河ドラマでは甲本雅裕さんが演じる
浜松市中区鹿谷町にある「犀ヶ崖資料館」を訪問。バイクや車の駐車スペースもあり、ゆっくり見学することができた
実際に崖の上に立つと、向こう側には民家が建ち、崖の規模は当時に比べてだいぶ縮小されているようだが、それでもかなり深く、木々に覆われていてやや怖い
徳川四天王の1人、本多忠勝(ほんだただかつ)の叔父に当たる本多忠真(ほんだただざね)は、「三方ヶ原の戦い」からの撤退の際に殿(しんがり)として戦い、39歳にしてこの地で討死した(NHK大河ドラマ「どうする家康」では浪岡一喜さんが演じている)。その忠義を称え、後に碑が建立された
「犀ヶ崖資料館」では、解説動画のほか、歴史家の磯田通史氏監修のジオラマなど「三方ヶ原の戦い」の模様を学ぶことができる

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