「長篠の戦い」両軍合わせて死者1万6000人余……激戦を物語る史跡の数々 家康公ゆかりの地をバイクで巡る 決戦場の北側「大宮前の激戦地」は、武田右翼軍と織田軍が激闘を繰り広げた地。騎馬隊を倒した大量の鉄砲隊の様子が、いろはかるたで表現されていた 両軍の間で激しく攻防があった「丸山砦」。武田軍の勇将、馬場美濃守が奪ったが、のちに敗退を喫した 両軍の間で激しく攻防があった「丸山砦」。武田軍の勇将、馬場美濃守が奪ったが、のちに敗退を喫した 両軍合わせて1万6000人が亡くなったとされる戦では、首を洗う池の水は血で濁ったという。その池は「首洗池」と呼ばれ、壮絶な戦いがあったことを想像させる 両軍合わせて1万6000人が亡くなったとされる戦では、首を洗う池の水は血で濁ったという。その池は「首洗池」と呼ばれ、壮絶な戦いがあったことを想像させる 両軍合わせて1万6000人が亡くなったとされる戦では、首を洗う池の水は血で濁ったという。その池は「首洗池」と呼ばれ、壮絶な戦いがあったことを想像させる 両軍合わせて1万6000人が亡くなったとされる戦では、首を洗う池の水は血で濁ったという。その池は「首洗池」と呼ばれ、壮絶な戦いがあったことを想像させる 武田軍として戦い、討死した越後の浪人、五味与三兵衛(ごみよそべえ)の墓も見つけることができた。解説板には「謎の塚…」と記されていた 「矢立硯(やたてすずり)」という、戦場に携帯する硯が発見された場所。陣中で武士たちの戦功を記録したり、歌や句、手紙をしたためるために用いられたそうだ。おそらく武田軍、上州真田武者のものだろうと推測されている 戦場の北部にある「大宮前の激戦地」は、武田右翼軍と織田軍が激闘を繰り広げた地。騎馬隊を倒した大量の鉄砲隊の様子が、いろはかるたで表現されていた 両軍の間で激しく攻防があった「丸山砦」。武田軍の武将、馬場美濃守が奪ったが、結局は敗退を喫した 武田軍として戦い、討死した越後の浪人、五味与三兵衛(ごみよそべえ)の墓も見つけることができた。この地の墓には全て花や飲み物が供えられていた 武田軍の重臣である甘利信康(あまりのぶやす)の墓。織田・徳川軍の柵を破る勢いを見せたものの、「天王山」の麓で切腹して果てたという 関連記事 「#バイク愛と」で投稿! バイク王×バリ伝のグッズが当たる! (PR)バイク王 自転車「青切符」 走行だけでなく装備も違反の対象に!? クルマやバイクと同様に車体にも注目 「狭山茶ート」が分かりやすい!! 圏央道「狭山PA」で懐かしい味わいの「わらじカツ丼」を堪能 バイクで行く高速道路グルメ エッジの効いたイタリアンブランド「クオータ」復活 新型モデル「K-A1」誕生 中古車の購入を検討するときに物件情報で目にする「オーバーホール」や「レストア」ってナニ? 「メンテナンス」とは違うの? この画像の記事を読む 「#バイク愛と」でグッズが当たる! バイク不足で高騰中!愛車の相場を調べてみる>> 画像ギャラリー