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映画『イージー・ライダー』で『チョッパー』を世に知らしめた 俳優のピーター・フォンダ氏が逝去

1969年に公開された映画「イージー・ライダー」を筆頭に、数々の作品に登場したピーター・フォンダ氏が2019年8月16日に死去しました。この記事では「チョッパー」というカルチャーを世に広めた重要人物である同氏の歴史について振り返ってみました。

浮き沈みの激しかった俳優としてのキャリア

 1969年に公開され、6000万ドルもの興行収益をあげたメガヒット映画にして、世にチョッパーというカスタム・カルチャーを知らしめた作品……かの『イージー・ライダー』で主演と制作、脚本を務めた俳優のピーター・フォンダ氏が去る2019年8月16日に米国、カリフォルニア州の自宅でお亡くなりになりました。死因は肺がんによる呼吸不全。79歳でした。

79歳で逝去したピーター・フォンダ氏(手前)と盟友、故デニス・ホッパー氏(奥)

 名優、ヘンリー・フォンダ氏の長男として生まれ、姉にジェーン・フォンダ女史を持つ、いわゆる芸能ファミリーで育ったピーター・フォンダ氏ですが、世間的な評価では俳優としてのキャリアは、かなり浮き沈みが激しかったといわれています。

 1963年にデビューし、バイクの世界に関わる作品としては1966年の『ワイルド・エンジェル』、そして1969年の『イージー・ライダー』の主演で知られ、彼自身、チョッパーの世界ではカルト的な人気を誇っていますが、盟友である故デニス・ホッパー氏やジャック・ニコルソン氏の活躍と比べると作品に恵まれなかったのも正直なところです。

当時のパーツを用いて復元された「ワイアット・チョッパー」

 後に『スピード』や『ウォーターワールド』などのハリウッドの大作で悪役として活躍したデニス・ホッパー氏や、1975年『カッコーの巣の上で』の主演でアカデミー賞を受賞し、その後、三度に渡ってオスカーを獲得したジャック・ニコルソン氏が『イージー・ライダー』のイメージを良い意味で払拭し俳優活動を展開したことと比較すると、ピーター・フォンダ氏は、どことなく『バイク』や役柄の『キャプテン・アメリカ』を彷彿とさせるカメオ出演的なものが多かったという印象があります。

『チョッパー』を世に広めた功労者

 1981年の『キャノンボール』でのセルフ・パロディーといえるチーフ・バイカー役や1996年の『エスケープ・フロム・LA』でのサーファー、パイプライン役も、星条旗が描かれたボードなどが、どことなく『キャプテン・アメリカ』を匂わせるものです。また2007年の『ゴーストライダー』の中でのメフィストフェレス役も『イージー・ライダー』へのオマージュを暗示させるもので、同年の『団塊ボーイズ』も然り。作中でハーレーを乗り回す主役4人に時計を外すよう指示する部分などは、まんま『イージー・ライダー』のパロディーといえるものです。

主役のワイアットを演じたピーター・フォンダ氏(手前)とビリー役の故デニス・ホッパー。ピーター氏の後ろに乗るのはジョージ役のジャック・ニコルソン

 このように映画人としてのキャリアは、常に『イージー・ライダー』のイメージが求められた感(邦画の『だいじょうぶマイ・フレンド』は置いといて)を受けるピーター・フォンダ氏ですが、逆をいえば、それだけ彼がワイアットこと『キャプテン・アメリカ』の印象を人々の脳裏に強烈に焼き付けたともいえます。

 加えて1969年に公開された、このアメリカン・ニューシネマの傑作がなければ『チョッパー』というカルチャーが、今のように世界的に広がることはなかったのではないかという推測も容易に立ちます。そう考えてもピーター・フォンダ氏が我々に残した功績は、偉大であり、尊敬すべきものです。この『イージー・ライダー』という作品がなければ、ともすればチョッパーというカスタム・カルチャーの歴史も今と違ったものになっていたのかもしれません。
 
 最後に謹んで故人のご冥福をお祈り申し上げます。

【了】

イージー・ライダーで主役を演じたピーター・フォンダ氏の画像を見る

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Writer: 渡辺まこと

ハーレーや国産バイクなど、様々な車両をベースにアメリカン・テイストのカスタムを施した「CHOPPER」(チョッパー)をメインに扱う雑誌「CHOPPER Journal」(チョッパージャーナル)編集長。カスタム車に限らず、幅広いバイクに対して深い知識を持つベテラン編集者。

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