ハーレーにはなぜハイオクガソリンなのか? 「サンダンス」柴崎武彦氏が語るオクタン価と圧縮比の話(後編)

2020年6月、新聞社によって石油元売り5社の“ハイオクガソリン虚偽記載”の報道が伝えられましたが、ここでは改めて「ハイオク」と「レギュラー」の違いについて、エンジンのチューニングに造詣の深いサンダンス・柴崎武彦氏に解説してもらいました。

ガソリンの性能ありきでの内燃機設計

 前編として当サイト(バイクのニュース)でガソリンの「ハイオク」と「レギュラー」の違いについて簡単に解説させて頂きましたが、近年では地球温暖化の観点から排ガス規制が強化され、それに伴ってガソリンの成分が大きく変化してきました。後編では前編に引き続きエンジンのチューニングに造詣の深いサンダンス・柴崎武彦氏に解説してもらいます。

今回、お話を伺った柴崎武彦氏は1982年にサンダンスを創設して以来、“走る、曲がる、止まる”というファクターに重きを置いたカスタムビルドを信条とするハーレーダビッドソンのチューニングのスペシャリスト。1989年にレース活動をスタートし、1992年から米国のデイトナスピードウェイで開催されるツインレース“BOT”にオリジナルのレーシングマシンである“デイトナウエポン”で参戦。1998年には“デイトナウエポンII”であの鈴鹿8時間耐久にも参戦を果たす。数々のレース活動やストリートでの経験を活かしたハーレーらしい鼓動感に溢れるマシン造りに定評のある人物です。また海外のH-Dシーンでも関係者から“Zak”の愛称で呼ばれ、親しまれています

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 空冷エンジン搭載車が少なくなった現在、石油メーカーは水冷エンジンに視点を置いてガソリンの設計を行っています。特にハーレーのような大排気量の空冷2気筒エンジンの場合、それを現在の事情に合わせて適切なセッティングにしなければならないということを、まずは覚えておいて欲しいのです。

 内燃機関で最も肝心なものがガソリンです。すなわちエンジンのセッティングや設計はすべて燃料の性能を基にして決まります。つまり現行ガソリンのオクタン価に合った燃焼室内の圧縮比等を設定した上で、実質的な空燃比を探し出し、現実的で最高の燃焼条件を充たす必要があるのです。

2005年式XL883Lのノーマルシリンダーを生かしてφ81mmボアアップされ、排気量1000cc(正確には996cc)となったキットが組み込まれたマシンですが、ヘッド側の燃焼室体積が無加工の場合、ノーマルの圧縮比である9.4が10以上になり、ノッキングが発生した例。完全ノーマルの9.4:1でも空冷1000ccの2気筒エンジンでは限界に近い圧縮比であることは覚えておいておきたいポイントです。このエンジンは相当、ストレスがあったエンジン特有の青い焼き色がコンロッド小端部に確認出来ます

 エンジンの出力向上の手法にハイコンプレッション=高圧縮化がありますが、しかし、ハーレーのようなロングストロークかつ低回転指向のエンジンでは、必ずしもそれは該当しません。

 圧縮比とはシリンダー内の空気、または混合気がピストンの上昇によって、どれくらい圧縮されるのか、その割合を示す数値であり、一般的には圧縮比が高いほどエンジンの熱効率が向上するという理屈なのですが、これはあくまでも高回転域での高出力、最高速を伸ばす為のチューニング手法であることを忘れないでおきたいところです。

 つまり“高圧縮化”は日本製の水冷4気筒エンジンのようなショートストロークの高回転型エンジンチューニングに適切な手法といえるのですが、それでも圧縮比12:1を超えると“ノッキング”という現象が起こりやすくなります。

 いわゆるジャパニーズマルチの場合は圧縮比が9~13程度で設定されているのですが、対して一気筒あたりの排気量が大きく、燃焼室容量が広いハーレーの場合、燃焼室内が不安定な高熱を発生させやすい傾向が見られます。

 前編で“ガソリンのオクタン価が高い=異常燃焼を起こしづらい”ということを説明させて頂きましたが、現在、日本で流通するガソリンでは対応しきれないのが実状です。たとえば米国のチューニングパーツでは圧縮比10:1を超えるハイコンプキットが存在しますが、それは超ハイオクタンのレースガスが安く容易に入手出来る状況だからこそ。ましてやハイオクガソリンのオクタン価が虚偽記載されていた日本の現実を考えれば、いたずらな高圧縮化がトラブルに繋がることは明白でしょう。

流通するガソリンに合わせ圧縮比を最適化

 加えてハーレーのエンジン特性を考えると、国産車的なアプローチの高圧縮化がパフォーマンスUPに繋がるわけではないこともお伝えしたい事実です。高圧縮化は高回転でこそメリットを得ることが出来ますが、反面、低回転域では圧縮の高さがピストンを押し戻す力=圧縮抵抗となり、そのフリクション(ポンピングロス)が強まるとエンジンの回転がギクシャクしたものとなり、連続音になるような回転域でしか安定しない症状が表れます。

ヘッド燃焼室はご覧のようなビュレットという測量液を使い、体積を測定します。この車両(XL883L)の場合、実測での燃焼室体積は52ccだったので実圧縮比は10.6。これを安全な圧縮比である9.5にする為には燃焼室の体積を6cc分、拡大しなければなりません

 対してローコンプ=低圧縮化はポンピングロスが少なく、重いフライホイールと相まってハーレーらしい独特の“粘り”のある低速域の安定性が得られます。また極低速域からアクセルを開けるとトルクフルに、粘り強く“ドコドコ”と加速するのもローコンプの特徴です。ハーレーのエンジン特性を考えればどちらが適したアプローチであるかは自ずとご理解頂けると思います。

 内燃機関では“効率的な燃料の燃焼で得た最大の熱エネルギーを発生させることでパワーを得る”という基本的な考えがありますが、その目的に達するためには適切な圧縮比設定がとても重要な位置を占めます。

 あえて言えば言葉の響きから「高圧縮=ハイパワー」と短絡的に考えてしまう方が多いゆえ「ハイコンプ信望」が生まれているとは思いますが、エンジンで最も求めるべきは「適切な燃焼効率」です。逆に「低圧縮化」という言葉の響きがともすればパワーダウンに繋がるような印象を与えてしまうのかもしれませんが、それを「適切圧縮比」と呼べば多くの方が正しいエンジンチューニングのアプローチとは何かを理解出来るのでないでしょうか。

空冷H-D Vツインエンジンの圧縮限界値を示すチャート表。オクタン価の高いガソリンが入手可能な米国と異なり、日本のガソリン事情ではコチラの数値がノッキングを起こさない安全マージンとなっています。石油元売り5社の“ハイオクガソリン虚偽記載”の報道があったことを考えても、この基準値は守って頂きたいところです

 エンジンの熱効率を最適な最高効率へ変換する圧縮限界値を現在、日本国内で流通するハイオクガソリン適応を想定して当社サンダンスでテストした結果、ハーレーの排気量1200ccエンジンでは9.8以下、排気量2000ccエンジンなら8.2以下、排気量2400ccエンジンなら7.5以下が適切な圧縮比となります。これにしてもこの先、流通するガソリンのオクタン価が変化していけば変わっていくことは明白です。

軽い異音でも想像以上のダメージが

 この記事ではガソリンオクタン価の虚偽記載についてからハーレーのエンジンチューニングに対する誤ったアプローチについてまで話題が膨らんでしまいましたが、「エンジンのセッティングや設計はすべて燃料の性能を基にして決まる」という大前提を思い起こして頂ければ誰もがきっと、その二つが同一線上で繋がっている事であることはお分かりになるでしょう。

燃焼室をおおよそ削ったところで再度、ビュレット測定を行ってから6cc近く体積が増えたことを確認してから燃焼室の壁を平らに仕上げます。わずか6ccとはいえ、いざ削るとなるとかなりの体積になります。また排気量が大きくなるにつれ、圧縮を1下げる体積量は大変になっていきます。現在の日本のガソリン事情を考えても必須の作業です

 ちなみにエンジンに大ダメージを与える“ノッキング=異常燃焼”の症状として走行の加速時や上り坂などの高負荷時に「キンッ、キンッ」または「カリカリッ」といった軽いノイズを発するのですが、実際にエンジンに与えるダメージは想像よりもヘビーです。

 その際の圧縮エネルギーは異常に高く物凄い高温を発するため、ヘッドやシリンダー、ピストン、コンロッドやクランク周辺までに深刻なダメージを与え、当然、パワーも著しく低下します。その失ったパワーが破壊エネルギーに変換されているといっても過言ではありません。

 この原因は不適当に低いオクタン価のガソリン使用や早すぎる点火時期、高すぎる圧縮比、ガソリンの希薄な混合比セッティング、燃焼室の形状の悪さ、冷却風の不足、車重とギア比の選択ミスによる走行時の高負荷など、多岐に渡ります。

 その症状とエンジンに与えるダメージや対処法についてを画像ギャラリーにまとめてりますので、ご覧の上、皆様が少しでも「ガソリンと圧縮比」の関係についてご一考くだされば幸いに存じます。

【了】

【画像】ハーレーエンジン内部の加工を画像で見る(12枚)

画像ギャラリー

Writer: 渡辺まこと(チョッパージャーナル編集長)

ハーレーや国産バイクなど、様々な車両をベースにアメリカン・テイストのカスタムを施した「CHOPPER」(チョッパー)をメインに扱う雑誌「CHOPPER Journal」(チョッパージャーナル)編集長。カスタム車に限らず、幅広いバイクに対して深い知識を持つベテラン編集者。

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