ホンダが“技術”ならハーレーは“人生”!? 創業家4代目が語ったブランドの本質とは!!
ホンダをはじめ、創業者の名を受け継ぐ企業は数多い。ハーレーダビッドソンもまた、そのひとつ。13年ぶりに来日した創業家4代目ビル・ダビッドソンにインタビューし、新グローバルブランドプラットフォーム「RIDE」に込めた想い、そして120年以上愛され続ける理由に迫った。
創業家の名を受け継ぐバイクブランド
本田宗一郎が創業したホンダは、日本のバイクファンなら誰もが知るところでしょう。企業の屋号が創業者の名に由来していることは珍しくありません。
パナソニックは松下幸之助の松下電器、トヨタは豊田佐吉(とよださきち)の「豊田」から濁音を外しています。他にも鹿島建設やカシオ、そごう、ミズノ、吉本興業、イトーヨーカ堂など、挙げればキリがありません。
じつは、日本の4大バイクメーカーもすべて創業者の名を冠しています。ヤマハは山葉寅楠、スズキは鈴木道雄、そしてカワサキは川崎正蔵。いずれも、その創業者の理念がブランドとともに受け継がれているのです。
では、海外に目を向けるとどうでしょう。ハーレーダビッドソンもまた、創業者の名に由来します。

20世紀初頭の1903年、アメリカ中西部ウィスコンシン州ミルウォーキーで、ウィリアム・S・ハーレーとダビッドソン兄弟によって、記念すべき第1号車が完成しました。
当初、バイクづくりは自宅の地下室で行われていましたが、やがて父ウィリアム・ダビッドソンが裏庭に10×15フィート(約3×4.6m)の小さな小屋を建て、そこが若者たちの作業場となります。
扉には「HARLEY-DAVIDSON MOTOR CO.」と書かれていました。その小さな小屋から始まったブランドは、120年以上にわたり世界中のライダーを魅了する存在へと成長していきました。そして、その創業家の血脈は今なお受け継がれています。
創業者のひとり、ウィリアム・A・ダビッドソンの曾孫にあたるビル・ダビッドソンが、現在もブランドアンバサダーとして、そのスピリットを世界へ伝え続けているのです。
ビル・ダビッドソンという人物
モーターサイクル界の名門に生まれ、幼い頃からブランドの歴史とともに育ったビルは、父であり伝説的デザイナーとして知られる、ウィリー・G・ダビッドソンに背中を押され、7歳のときにハーレーダビッドソンM50に初めてまたがりました。
その瞬間に芽生えた高揚感こそが、彼の人生を貫くモーターサイクルへの情熱の原点となったのです。
ビルはウィスコンシン大学ミルウォーキー校でマーケティングを学んだ後、1984年にハーレーダビッドソンへ入社。以来、ブランド戦略やコミュニティ活動の中核を担い、公式試乗プログラム「ハーレーデモライド」の立ち上げや、世界最大級のオーナーズクラブ「Harley Owners Group(H.O.G.)」の発展に大きく貢献してきました。
ディーラー訪問でファンたちと交流
創業家4代目にあたるビル・ダビッドソンが13年ぶりに来日し、2025年7月にグランドオープンしたハーレーダビッドソンシティ西東京(東京都西東京市)を訪問。ファンとの交流を楽しみました。

平日にもかかわらずショールームは大勢の来場者で賑わい、ビルはサインや記念撮影にも笑顔で応対。敷地面積760坪、約2500平方メートルを誇る都内最大級の店舗は、世界基準の最新ストアデザインプログラム「FUEL」が採用されています。
単にモーターサイクルが並べられているだけではなく、ハーレーダビッドソンの世界観を体験できる空間としているのが「FUEL」の特徴です。
エントランス奥には大型ディスプレイが設置され、充実したアパレルコーナーやゆったりとしたラウンジスペースを備えるなど、訪れた人がハーレーダビッドソンのカルチャーそのものを体感できる空間が広がっています。
日本のハーレー乗りたちや正規販売店のスタッフの声に耳を傾け、店舗をじっくりと視察したビルは、その後、場所を移してインタビューに応じてくれました。
『RIDE』に込めた想い
部屋に入るなり、ビルは壁に飾られた一枚の写真に目を留めると、すかさずこう言いました。
「これは僕だよ!」
そんなはずはありません。指し示した先に写っていたのは、ヘリテージクラシックの上で大きく飛び跳ねるライダー。もちろんビル本人ではなく、撮影用のモデルです。

ビルは笑みを浮かべながら「冗談ですよ」とひと言。その場にいた全員の緊張がふっとほぐれ、和やかな空気のなかで対話が始まりました。
その写真は、ハーレーダビッドソンが発表したばかりの新たなグローバルブランドプラットフォーム『RIDE』のキービジュアルです。ビルは『RIDE』について、静かに語り始めます。
「これまで、さまざまなキャンペーンやプロモーション活動を展開してきましたが、そのメッセージはすべて一定期間ごとのものであり、方向性もそれぞれで異なっていました。しかし“RIDE”はそれとは大きく異なります。ハーレーダビッドソンそのものを表現する、時間を超えて受け継がれていくプラットフォームとなります」
サブタイトルにある「Life, liberty, and the pursuit of happiness」は、1776年のアメリカ独立宣言における有名な一節で、「生命、自由、そして幸福の追求」と訳されるのが一般的です。
ハーレーダビッドソンは「Life」を「人生」や「生き方」と解釈しています。
「いろいろなところで出会うライダーたちから、“ハーレーに乗って人生が変わった”とか、“これこそ私の人生だ”、という言葉をよく耳にします。私たちのモーターサイクルが、人々の人生にこれほどの喜びを与えているのだとすれば、それは本当に素晴らしいことです」
「“Liberty”という言葉には、前輪の赴くままに旅に出ようという意味が込められています。そして“幸福の追求”は、ただバイクに乗る時間だけではなく、カスタムを楽しんだり、アパレルを選んだり、ディーラーに立ち寄って仲間と語らったり、そんな幸せな時間を過ごして欲しいという願いです」
たった4文字のシンプルな言葉に、さまざまな想いが詰められていることが分かります。
日本市場の最前線に立つ人物は、どう受け止めているのか。ビルの隣に座るハーレーダビッドソンジャパンの玉木一史代表取締役が、自身の解釈を語ってくれました。
「RIDEとは、“原点に立ち返る”ということだと私は捉えています。ハーレーダビッドソンには“レンガをひとつずつ積み上げる”という考え方がありまして、実際にミルウォーキーのジュノーアベニューに建つ本社の社屋は、レンガ造りなんですね。ひとつひとつ積み重ねてきた歴史こそが、ブランドの礎になっているのではないかと感じます」
玉木代表はビルの父、ウィリー・G・ダビッドソンの有名な言葉を引き合いに出し、こう続けます。
「“We ride with you”という有名な言葉がありますが、これは単に一緒に走るという意味ではなく、私たちは常にお客様のそばにいて、人生をともに走る存在でありたい、ということなんです」
その言葉にビルもうなずきます。ハーレーダビッドソンが届けているのは、単なるモーターサイクルではなく、生き方そのものなのだと改めて実感させられます。
ハーレーが大事にしてきたもの
創業から123年という長い期間、ブランドが愛され続けてきた理由を、ビルはどのように考えているのでしょうか?
「ハーレーダビッドソンが最も大切にしてきたのはライディングの楽しさであり、Look(ルック)、Sound(サウンド)、Feel(フィール)の3つです。その姿勢はこれからも変わりません。“RIDE”はそれを最もシンプルに、力強く表現できる言葉です」

スペックでは語りきれない領域を重要視してきたということなのでしょう。しかし、環境規制の厳格化やエンジンの水冷化といった時代の変化のなかで、それをどうやって守り続けていくのかが気になるところです。
「技術は変わるかもしれませんが、“ハーレーらしさ”であったり、カスタマーの夢を叶えるという使命は何も変わりません」
ビルは迷いなくそう言い切りました。
「我々は各国のレギュレーションや規制動向を常に注意深く見ています。さまざまな情報を集め、それに適切に対応していくことが重要です。将来のビジョンは、はっきりと描けています」
変化を恐れず進化を続けながらも、「ルック、サウンド、フィール」という核を守り抜く。ビルの言葉からは、ハーレーダビッドソンという存在が、次の120年へ向けて確かな歩みを進めていることが伝わってきました。
そしてインタビューを終える頃には、ビルの最初のひと言「これは僕だよ!」が、あながち冗談ではなかったのかもしれないと思えてきます。
ハーレーとともに駆け出し、思わず誰かにピースサインを送りたくなるような高揚感。そこには、120年以上にわたって受け継がれてきた「RIDE」の精神が確かに息づいていました。
その物語の続きを紡ぐのは、いまこの瞬間を走るライダーたちです。そして次にハーレーダビッドソンで走り出すのは、あなたかもしれません。

Writer: 青木タカオ(モーターサイクルジャーナリスト)
バイク専門誌編集部員を経て、二輪ジャーナリストに転身。自らのモトクロスレース活動や、多くの専門誌への試乗インプレッション寄稿で得た経験をもとにした独自の視点とともに、ビギナーの目線に絶えず立ち返ってわかりやすく解説。休日にバイクを楽しむ等身大のライダーそのものの感覚が幅広く支持され、現在多数のバイク専門誌、一般総合誌、WEBメディアで執筆中。バイク技術関連著書もある。


















