“三英傑”揃い踏みの決戦!! “長篠・設楽原”は秀吉と秀長が見た戦国の転換点だった 『豊臣兄弟!』ゆかりの地をバイクで巡る旅

三河国設楽郡長篠(愛知県新城市長篠)の「長篠城址」には2輪駐輪場も完備されていたので、ここにバイクを置いて散策を開始した
戦の布陣が分かりやすく解説されている。秀吉の布陣は信長の後方にあり、そちらも訪れてみた
交通の要所だった「長篠城」は、今川氏、武田氏、徳川氏が争奪戦を展開した場所で、1575年の「長篠・設楽原の戦い」もこの争奪戦に関係している。今川、武田が衰退していく様を描いた勢力変遷図が分かりやすい
「長篠城址・史跡保存館」が併設されている。こちらを見学するのもオススメ
「長篠・設楽原の戦い」から約450年。愛知県新城市によって新しいノボリが立てられていた
視界に飛び込んでくる人工的な内堀(空堀)の跡。城の東側の守りの要となっていたようだ
視界に飛び込んでくる人工的な内堀(空堀)の跡。城の東側の守りの要となっていたようだ
本丸やその周囲には、土が高く盛って築かれた土塁の跡も残っていた
本丸やその周囲には、土が高く盛って築かれた土塁の跡も残っていた
徳川家康の家臣、酒井忠次(さかいただつぐ)による鳶ヶ巣山砦奇襲攻撃(1575年5月21日)の解説板があった。「長篠城」の救援を成功させた信長の読みの鋭さや、忠次と東三河の領主たちの絆、身内や仲間の救援にかける戦いだったことを知った
徳川家康の家臣、酒井忠次(さかいただつぐ)による鳶ヶ巣山砦奇襲攻撃(1575年5月21日)の解説板があった。「長篠城」の救援を成功させた信長の読みの鋭さや、忠次と東三河の領主たちの絆、身内や仲間の救援にかける戦いだったことを知った
2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』で、ミュージシャンの岡崎体育さんが演じて話題になった鳥居強右衛門(とりいすねうえもん)の磔(はりつけ)の場所があった。当時号泣して観たドラマを思い起こした。武田の言いなりにはならず、「援軍はくる。あと二、三日堅固に守れ!」と「長篠城」に向かって叫び、磔にされた漢の伝説である
『どうする家康』ゆかりの地を巡る旅でも訪れた「馬防柵」を再訪。酒井忠次や鳥居強右衛門らの奮闘により、戦は「長篠城」からここ設楽原へ移り、武田は壊滅的な損害を被った
織田信長の本陣の後方、北西に位置する秀吉の陣地を訪れた。道は狭くなり、途中から徒歩でたどり着いた
織田信長の本陣の後方、北西に位置する秀吉の陣地を訪れた。道は狭くなり、途中から徒歩でたどり着いた
織田信長の本陣の後方、北西に位置する秀吉の陣地を訪れた。道は狭くなり、途中から徒歩でたどり着いた
高台に位置する秀吉の陣地から信長本陣を眺める。麓には新東名高速道路の「長篠設楽原PA」がある。ここから戦を俯瞰で捉え、後方で支援や手配に奔走した秀吉、秀長の気持ちをしばし考えた
三河国設楽郡長篠(愛知県新城市長篠)にあった「長篠城」の城跡を訪れた。2輪駐輪場も完備されていたので、撮影後バイクを移動してから散策を開始した
高台にある秀吉の陣地から信長本陣を眺める。麓には新東名高速道路の「長篠設楽原PA」がある。ここから戦を俯瞰で捉え、後方で支援や手配に奔走した秀吉、秀長の気持ちをしばし考えた

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