電動バイクの世界最速記録316km/hに挑んだ日本人チーム 記録更新を目指したあくなき挑戦の軌跡
開発分野における技術支援事業を展開する愛知県の企業『モビテック』は、2019年は8月24日から29日にかけて開催された『ボンネビル・モーターサイクル・スピード・トライアルズ』で電動バイクの世界記録に挑みました。一体、どのような結果となったのでしょうか。
世界記録の316km/hを超えることは不可能では無い
2010年まで全日本ロードレース選手権や鈴鹿8時間耐久で活躍し、現在はレーシングチーム『トリックスターレーシング』を主宰する鶴田竜二選手は、JARI(日本自動車研究所)のテストコースでトリックスターがチューニングしたカワサキ「H2R」で最高速にチャレンジし、352.99km/hという驚異的な記録を残しています。

そんな鶴田選手が、電動バイクでの最高速記録を獲得するために米国の塩の平原『ボンネビルソルトフラッツ』で開催される二輪車の最高速アタック競技『ボンネビル・モーターサイクル・スピード・トライアルズ』(以下:BMST)に挑みました。
使用したマシンは、BMSTに2015年から挑戦している『モビテック』(開発分野における技術支援事業を展開する愛知県の企業)が開発した『MOBITEC EV-02A』。昨年までの4年間、様々なトライをしたものの最高速記録には惜しくも及んでいません。5年目の挑戦となる2019年は区切りということもあり、鶴田選手はどうしても世界記録を取りたいというモビテック・クルーの熱意に絆されて出場を決めました。
BMSTを初めて走る選手は、ビギナーズランという加速区間1マイルという一番短いコースでテスト的な走行をクリアしなければなりません。ここで出た最高速によって出走コースが決められますが、鶴田選手は問題なくテストをクリアしてロングコースを走る資格を得ます。

しかし本番とも言える2本目からの走行ではトラブルが多発します。ソルトフラッツは、そう簡単に記録を取らせてくれる場所ではなかったのです。鶴田選手としては初めてのボンネビル。強烈な直射日光と気温、それに塩の路面のギャップ。JARIでのテスト走行とは勝手が違いました。それでもモビテックのクルーと原因不明のシステム・トラブルや250km/hを超えての車体の振れなどを様々な方向から検討しトラブルを一つずつ解決していきます。
ようやく世界記録に手が届くかもしれないと感じたのは3日目。鶴田選手のレース経験からタイヤの空気圧やサスペンションのセッティングを変更し300km/hまで到達しました。しかし、これ以上スピードを出すためには出力が足りないという判断をした鶴田選手とクルーは、バッテリーとモーターが壊れないギリギリのところまで出力をあげる決断をします。
世界記録を大幅に更新した『MOBITEC EV-02A』
翌日、風も無くコースコンディションも会期中で一番良いということもあり、鶴田選手とクルーはまだ気温が上がらない早朝にコースに入ります。バッテリーとモーターが壊れない想定で出したパワーは約290hp。エンジンを搭載したバイクとは違い電動バイクは、モーターで駆動するためにギアがありません。コントロールは、スロットル操作が全てですが、塩の路面の上でリアタイヤがスリップしたことを感じてスロットルをコントロールするのはかなりシビアです。

BMSTのトライでは、計測区間の1マイルの平均が記録となりますが、いざスタートすると、今までに無く順調に加速。計測区間に入った時のスピードは車載GPSで200マイル(約320km/h)を超えていました。それまで車体が安定しないことに恐怖を感じていた鶴田選手でしたが、200マイルを超えても安定した車体で感じたのは爽快感だったと言います。
加速はスーパーチャージャーを搭載したガソリンエンジンより穏やかで、まるで停まっているかのような静かな感覚だったそうです。結果は、世界記録を超える325km/h。しかし、ランドスピードレースのルールでは2時間以内に同じコースを逆から走ったリターンランとの平均スピードが公式記録になります。
通常リターンの方が悪条件となることが多いBMSTですが、今年のボンネビルは鶴田選手とクルーに味方しました。ダウンランよりも更に好条件で走ることができたのです。鶴田選手は、フルスケールでパワーを出したのでバッテリーが保たずリターンを走りきれるか半信半疑だったそうですが、失速のリスクを考えながらもスロットルを開け続けました。結果、EV-02Aは停まることなく加速を続け計測区間を走り抜け、最高速は334km/hを記録。

モビテックのクルーが5年間、塩の上で費やした時間が最高速世界記録という形になり、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)とAMA(全米モーターサイクル協会)の車重300kg以上の電動バイクでの世界記録は329.319km/hで鶴田選手が塗り替えました。この記録は、FIMの電動バイク全ての世界記録にも認定されています。
レースが終わって鶴田選手に感想を聞くと「ボンネビルという聖地で世界記録を出すという大役をやり遂げた爽快感。そして今までのレースとは違う楽しさを感じて人生観が変わった」と語ります。大記録を打ち立てた彼らが400km/hをターゲットにボンネビルに戻ってくることに期待せずにいられません。
【了】