本気になったホンダとHRCを世界は止められなかった! レースに勝つために誕生したVTR1000SPWとは?

スーパーバイク世界選手権に18年ぶりにワークスチームを送り込むホンダ。18年前のワークスチームで使用した「VTR1000SPW」は、ホンダとHRCが初めて共同開発したマシンでした。

レースで勝つためにホンダとHRCが共同開発したマシン

 VTR1000SPW(2002年型)は、スーパーバイク世界選手権用(SBK)で絶対的な速さを見せていたドゥカティの牙城を崩すべく市販車VTR1000SP-1をベースに新開発された排気量999cc水冷4ストロークV型2気筒DOHC 4バルブエンジンを搭載するマシン。車両重量162kg、V型2気筒エンジンが発生するパワーは、180PS以上で凄まじい加速力を手に入れました。

2002年スーパーバイク世界選手権優勝車(コーリン・エドワーズ選手)

 ホンダ(朝霞研究所)は、市販公道車VTR1000SP-1の開発企画段階から、VTR1000SPWのプロジェクトをHRCと共同開発する初の試みを実行しました。朝霞研究所のエンジニアが初期の仕様を決め、ワークスライダーがテストを繰り返し行います。目標は鈴鹿サーキットにおいて、2分10秒台を記録し、最終的な目標タイムは99年デビューレースに2分7秒台を記録する事です。

 先行試作車は、小型でハイパワーのエンジンの開発を目標とし、操安性はHRCの技術を注ぎ込みます。基本はレーサー、その後に公道を走るための保安部品等を付けるコンセプトで開発は進みますが、98年秋までに100仕様ものフレームを壊してしまいます。

 空気抵抗を最小限に抑えるためにカウルはNSR500のものを装着、タンクやシートはワークスライダーの意見を反映させます。VTR1000SPWには多くの新技術を採用し、98年11月には2分9秒台を記録、当初の目標タイムを達成しました。

繰り返しテストが行われたVTR1000SPW(RC51)

 2001年のSBKでは、コーリン・エドワーズ選手のライディングにより2000年以来のタイトル奪還を目指し、VTR1000SPWで参戦、見事チャンピオンを奪還します。この年は、コーリン・エドワーズ選手に加えWGP500ccクラスに「REPSOL YPF HONDA」から参戦していた岡田忠之選手がチームに合流しています。

 2000年の鈴鹿8時間耐久レースでは、カストロールホンダからVTR1000SPWを駆り、ゼッケンナンバー「11」でスーパーバイククラスに参戦し、1996年に鈴鹿8耐で優勝を成し遂げたコーリン・エドワーズ選手と、1996年からWGPに参戦し、ホンダNSR500で500ccクラスに参戦していたバレンチーノ・ロッシ選手がペアを組みますが、決勝レースはリタイヤに終わります。

2002年鈴鹿8時間耐久レース優勝車(ライダー:宇川徹選手/加藤大治郎選手)

 さらに、チームキャビンホンダからVTR1000SPWを駆り、ゼッケンナンバー「4」で参戦するのは、1997年と1998年の鈴鹿8耐で優勝した宇川徹選手と鈴鹿サーキットで開催されたWGP日本グランプリにおいて1996年から3大会連続で優勝を果たした加藤大治郎選手のペアで8時間耐久レースを見事に制しています。

 以来、VTR1000SPW で参戦を続けたホンダは、2001年ロッシ/エドワーズ組、2002年加藤/エドワーズ組、2003年生見/鎌田組が優勝。デビューしてから4連勝を挙げ、ホンダの鈴鹿8耐7連勝の達成に貢献しました。

SBKに18年ぶりにワークスチームが参戦するホンダ(CBR1000RR-R)

 SBKには、2002年(VTR1000SPW)を最後にワークスチームとしての活動を休止していたホンダですが、2020年18年ぶりに新型「CBR1000RR-R」で復活参戦します。

 ■VTR1000SPW(2002年型)諸元
 全長×全幅×全高:2020mm×700mm×1150mm
 ホイールベース:110mm
 重量:162kg
 タンク容量: 21リットル
 エンジンタイプ:水冷90度Vツイン4ストローク
 総排気量:999cc
 最高出力:180ps以上
 キャブレター:電子制御 フューエルインジェクション
 点火方式:PGMF1/IGN
 ギアボックス:6速
 フロントサスペンション:SHOWA47mm等立フォーク
 リアサスペンション:プロリンクSHOWA

【了】

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