バイクは自動車レースの役に立つ!? ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.57~

レーシングドライバーの木下隆之さんは、自動車レースに専念するためにバイクを断ったものの、禁断症状に悩まされていると言います。どういうことなのでしょうか?

自動車レースの世界に身を置きながらも、バイク熱は冷めやまず……

 僕(筆者:木下隆之)はかつて、バイクから離れていた時期がある。自動車レースにのめり込み、運よくメーカーの契約ドライバーなどになったこともあって、事故や怪我の危険が少なくないバイク乗りを中断していたのだ。

『BMW Team Studie』のドライバーを務める筆者(木下隆之/2018年)

 契約書の記載こそなかったものの「自己研鑽に励み、レースに支障がないように心掛けること」などという一文があり、骨折の危険性があるバイクとスキーから足を洗ったのである。

 レーシングドライバーとしてはまだ駆け出しだったから、せっかくこの手に掴みかけたチャンスを逃したくなかったという気持ちもあった。よしんば怪我をして欠場ともなれば代役が立てられ、その代役がいい仕事をしようものなら、怪我が治ったところで自分にシートが無事に戻ってくるとも限らない。

 若いレーサーにとって、レース界は椅子取りゲームでもあり、トーナメント戦でもある。欠場したら振り出しだ。泣きのもう一番は無いに等しい。自ら心を鬼にして“バイク断ち”をしたのだ。

 とは言うものの、禁断症状は治らなかった。スキーはまだ発作を抑えることができた。シーズンが冬に限定されていただけでなく、久しくゲレンデから離れている自分に帯同してくれる友人もいなくなり、1人で雪国に向かう気力もない。だからなんとか我慢はできた。

 だがバイクの禁断症状は辛い。一歩家を出れば、風を切って走るライダーがウヨウヨしているわけで、こうなると辛抱がたまらない。幸いにしてマイバイクを売り払っていたから耐えることができたものの、危うく友人のツーリングの誘いに乗りそうになる。“酒断ち”はできそうでも“バイク断ち”は生半可の意志では貫き通せないのだと肝に命じた。

 ゆえに、僕のバイク断ちは約1年で終わった。レースのほうは順調で、それなりの成績を残すことができたことで、簡単にはシートがなくならない自信が芽生えていたし、なによりも先輩レーサーの言葉が決定打となった。

「バイクはレースに役立つよ」

 ……神のお告げのような言葉である。

“バイク断ち”に悩む筆者

 バイクはバランス感覚を養うには最高の乗り物なのだ、と先輩は説く。レースもバランス感覚の勝負である、と。

 となれば、自動車メーカーの契約書にある一文「自己研鑽に励み……」というのはつまり“バイクに乗れ”ってことにしか読めなくなったのである。

 しかし歳を重ねた今になって「……レースに支障がないように心掛けること」の言葉が重くのしかかる。いま怪我で入院しようものなら、引退に追いやられるな、と……。

「自己研鑽に励み」と「レースに支障がないように心掛けること」の言葉の意味に、翻弄されている日々である。

【了】

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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