バイクメーカー「KTM」と聞いて思い出すのは奇妙なレーシングカーだった ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.96~
レーシングドライバーの木下隆之さんは、オーストリアのバイクメーカー「KTM」と言えば4輪のレーシングマシンだと言います。どういうことなのでしょうか?
速さこそが存在意義、圧倒的な個性を放つKTMの軽量マシン
4輪の世界にいる僕(筆者:木下隆之)には「KTM=レーシングマシン」という公式が刷り込まれている。とくに2018年から参戦してきた『ブランパンGTアジア』で各国を転戦していると、それが一層色濃く植え付けられた。年間12戦あるすべてのレースで、KTMと戦っていたからである。

そしてその公式には、こんな一文が添えられる。
「えげつなく個性的な軽量マシン」
ブランパンGTアジアに、僕はBMW「M4GT4」で戦ってきたのだが、ライバルにKTM「X-BOW GT4(クロスボウGT4)」がいた。クルマのモノコックはカーボン素材で作られており、基本的にはフォーミュラカーのようにバスタブ形状の骨格をなす。一応ルーフはあるのだが、フロント部の蝶番を支点にフロントガラスごとルーフが前方へ開く。つまり、ドライバーの乗り降りはサイドのドアではなく、フロントガラスをパカっと開けて行なう。サイドのドアはない。
ゴーカートでもない。遊園地やテーマパークにさえそんな特異な乗り物は見当たらない。じつに“奇妙なレーシングカー”なのである。
もはや、速く走ること以外にこのクルマの存在意義はない。乗り降りが困難であり、地べたに腰をおろすが如き着座点は低い。荒馬が先を急ぎたがるように、手綱を緩めればいきなり駆け出しそうなのである。
という強烈な体験から、僕の中に「KTM=奇妙なレーシングマシン」という公式が刷り込まれてしまったというわけだ。
とはいうものの、一方でKTMがバイク生産を源とするオーストリアのメーカーであることは耳にしていた。だからこそ、今回のKTM試乗には興味があった。そして改めて、KTMはえげつないほど個性的なバイクであることを知ったのである。

排気量はたかだか125cc以下のネイキッドバイクなのだが、低くないシートに跨がった瞬間よろけそうになり、ハンドルのグリップを握っていた右手首がクルリと返った。スロットルを開けてしまったのだ。クラッチを握り手綱を緩めてもいないのに、いきなり駆け出しそうになった。
スリムで軽量な車体、個性的な尖ったデザイン、刷り込まれたレーシングマシンの記憶……こいつはやばい。えげつないほどにやばい。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。