2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』ゆかりの地「衣笠城」でプチトレッキング!? バイクで往く城跡巡り

2022年からスタートするNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、平家を打倒し成立した鎌倉幕府の最高指導者「北条義時(ほうじょうよしとき)」を主人公とした作品です。鎌倉幕府を立ち上げるために奔走した、数々の武士にゆかりのある山城の多くが各地に残されています。神奈川県横須賀市にある「衣笠城(きぬがさじょう)」を訪れました。

横須賀らしい急峻な地形を活かした山城、トレッキング要素が満載

 2022年からスタートするNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、平家を打倒し成立した鎌倉幕府の最高指導者「北条義時(ほうじょうよしとき)」を主人公とした作品です。鎌倉幕府を立ち上げるために奔走した、数々の武士にゆかりのある山城の多くが各地に残されています。神奈川県横須賀市にある「衣笠城(きぬがさじょう)」をバイクで訪れました。

「衣笠山公園」の無料駐車場にバイクを停めてから散策へ。17時に施錠されるので注意が必要。冬の光を浴びながらゆっくりと散策を楽しむことができた
「衣笠山公園」の無料駐車場にバイクを停めてから散策へ。17時に施錠されるので注意が必要。冬の光を浴びながらゆっくりと散策を楽しむことができた

「衣笠城」は、三浦半島や千葉県南部の安房を拠点として勢力を持っていた三浦一族の城だと言い伝えられています。源頼朝(みなもとのよりとも)の挙兵に応じた三浦一族は、1180年8月22日「石橋山の戦い」に参加しようと「衣笠城」を出陣したものの、酒匂川(さかわがわ)の増水によって間に合いませんでした。

 頼朝はこの戦いで敗北を喫し、三浦一族は引き返す途中、由比ヶ浜で敵方の畠山重忠(はたけやましげただ)と遭遇。これが「小坪合戦」と呼ばれている戦です。8月26日には畠山氏により「衣笠城」が攻められ、三浦一族の当主、三浦義明(みうらよしあき)らが城を放棄し、逃れたとされています。

「衣笠山公園」のハイキングコースは、頂上の展望台を超えてからは急勾配が続く。谷(県道)を超えて「衣笠城址」まで、徒歩で片道30分ほどかかった
「衣笠山公園」のハイキングコースは、頂上の展望台を超えてからは急勾配が続く。谷(県道)を超えて「衣笠城址」まで、徒歩で片道30分ほどかかった

 さて、そんな「衣笠城」跡地にバイクで訪れたところ、金剛山大善寺の方角からのアクセスならば容易にたどり着くのですが、駐車スペースという意味では迷惑をかけてしまう可能性があるので、谷をひとつ超えた衣笠山の無料駐車場にバイクを停めて、ハイキングコースを歩いて城を目指すことにしました。

 現在は公園になっている「衣笠山」は、桜の名所でもあります。日露戦争の戦没者の霊を慰めるため植えたそうで、地元の方々からも親しまれているそうです。

 このハイキングコースは、短いながらもかなりの急勾配です。小さく急峻な山が多い横須賀ならではのコースと言えるでしょう。トレッキングに適した靴が必要だと、改めて思いました。

「衣笠城」へのアプローチはいきなりの急勾配。最初だけ舗装された階段だが、クランク状に折れ曲がる道は、まさに山城らしい
「衣笠城」へのアプローチはいきなりの急勾配。最初だけ舗装された階段だが、クランク状に折れ曲がる道は、まさに山城らしい

 山を下ると県道27号に出ます。すぐ近くの横断歩道を渡ると「衣笠城址」の看板があり、そこから一気に山城を目指すことになります。最初は舗装の階段ですが、鋭角なつづら折れで、まさに山城らしい道です。

 やがて細いシングルトレールは、片方が断崖になります。これは「すそ切」と言って、攻めにくくするために山すそを切ったか、あるいは元々そういう地形だったのかわかりませんが、敵からすればかなり困難でしょう。城へのルートもそう簡単ではなく、岩場の上り下りなど、ちょっとした登山感覚も必要で息も上がります。真冬にも関わらず大汗をかきながら到着しました。

ようやくたどり着いた衣笠城の裏手の岩山には稲荷が祀られていた。辞世の句は三浦義明によるものだとか
ようやくたどり着いた衣笠城の裏手の岩山には稲荷が祀られていた。辞世の句は三浦義明によるものだとか

 案内図によると、現在ある姿は鎌倉時代後期に、北条氏に対抗するために大改造されたとのこと。そんな三浦一族も鎌倉で滅亡したそうです。

「衣笠城」の入り口には稲荷が祀られている岩山があり、冬の西陽が射していました。そこに掲げられた三浦義明の辞世の句を読みながら、帰路につきました。

【画像】横須賀市「衣笠城跡」の画像を見る(13枚)

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